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「西」 「西のもんにしちゃ肌が白いな。フードをとれ」 「断る。脱ぐと焼ける」  ハッ、とタトゥー男が息を吐き捨てるように笑った。 「日焼けを気にしていると。このご時世に頭おかしいんじゃねえか」  続けざまに、なあ、と店内の酒びたり連中に同意を求める。案の定、同意は薄汚い嘲笑だった。しかもその瞬間、嬌声がひときわ艶めいて、皇甫はフードの下で眉をしかめた。 「大事なことを教えてやるよ、兄ちゃん」  タトゥー男が皇甫に顔を寄せる。息が酒臭い上に生臭い。タトゥーが感染りそうで怖い。 「屋根があるとこに陽は射さねえんだよ」  客席でかすかな笑いがおこる。ジョークなのだろうか。理解できない。 「憶えておく。水はまだか」 「さっきからバカの一つ覚えみたいに水水言ってくれちゃってるけど、ここはバーだぜ。頼むなら酒だろ。もっとも酒もタダじゃ出さねえがな。そんなに水が欲しけりゃそのバッグを寄こしな」 「断る」  皇甫は水筒に手を伸ばした。 「おいおい。水はいいのか? このあたりじゃ水はここにしかないぜ」  タトゥー男はカウンターから身を乗り出して、皇甫の肩を抱く。 「こっちは最大限譲歩してやってんだ。本来なら、タダでそのバッグをいただくところ――」 「触るな」 「あ?」 「触るなと言ったんだ。歯間だけでなく耳まで垢がつまっているのか」 「てめえ、ここが誰の縄張りだかわかって口聞いてんのか」 「さあな。だが、お前のような小者の縄張りではあるまい」 「なんだと」  タトゥー男の手がフードに伸びると同時に、皇甫は水筒をタトゥー男の頭上で逆さにした。どぼどぼと液体が男の頭に降りかかる。  空だと思い込んでいた水筒から液体が降り注がれたことにタトゥー男は驚き、身を強張らせた。いや、男が身を強張らせたのは、頭から液体をかぶったからではない。その液体が、 「俺が欲しいのは水だ。酒は間に合っていてな」  酒であり、眼前に着火具を突き付けられたからである。燃料不足からほとんどみることがなくなった、ライターだ。
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