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「なんだてめえ!」
「お前もそれか。馬鹿の一つ覚えはどっちだ」
「ぶっ殺されてえのか!」
「もう少し生きようと思っている。ひとつ訊くが、同意の上か?」
「ああ?」
「同意の上なのか」
「そうじゃなかったらどうだってんだ。てめえにゃ関係ねえだろ!」
「道理だ。気にするな。ただの興味本位だ」
「するとあれか」男の顔面が怒りで赤くなっていく。「俺は興味本位で水を頭からぶっかけられたってわけか」
「それとこれとは別だ。言っただろう。あまりに不愉快で手が滑ったと」
「てっめえ……」
「やっちまえ!」と、タトゥー男のがなり声がかぶさった。「全員でたたんじまえ!」
ようやくか、と皇甫は小さく肩をすくめた。
「まさかこのまま帰されるのではないかと冷や冷やした。元善人は気が長いな。俺たちのような元悪人と違って」
皇甫の自嘲は、襲い掛かってくる男どもの怒号に消えた。
殴り掛かってきた男の腕を避け、流しながら腕を掴む。男の勢いを利用して、もう一方から殴り掛かってくる男の体にぶつける。
を、数回繰り返す。一陣というものは、たいていお粗末で可愛いものだ。二陣はちゃちな武器まがいを持っている。
大きく後退すると、殴り掛かってきて捕まった男が半自動的に皇甫の前に引っぱられた。
皇甫の頭めがけて振り下ろされた椅子は、皇甫に引き戻された男の頭を強打する。
頭を椅子で殴られて今にも崩れ落ちそうな男の腰を強く蹴り出して、椅子を振り下ろした男を道連れにするのを手伝ってやる。
手に盾がない場合、振り下ろす方向が決まった瞬間に回り込んで肘を狙う。関節はよっぽどのことがないかぎり、むき出しの弱点だ。力のベクトルさえ見定めれば、それほど力をこめなくても簡単に伸びて、逆方向に曲げられるのだから、派手な動きはいらない。その作業を数度機械的にこなして、やり過ごす。
三陣に備えて、皇甫は外套の下に手を忍ばせた。
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