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そこは大きな料亭で、宿屋も兼ねている店だ。
その店の前に立った瞬間、怜は
「げぇっ…」
と冷や汗をかきながら呻いた。
「ん? どうかしたか?」
永倉が問いかけるが、怜は首を横に振って
「な、何でもないって」
と答えたので、永倉は大して気にも止めずに
「じゃ、付き合ってくれよ」
そう言って、怜と共に店の中へと入っていった。
その間、怜は背中にびっしょりと汗をかいていたのを、永倉は知らない。
「おぉ、永倉君か。早く戻ってこい」
永倉に連れられて入った部屋には何人かの男が集まって、酒を片手に談笑していた。
その中の一人、上座に座っている永倉と同じかそれ以上にガタイのいい男が二人を手招きする。
「遅かったじゃないか永倉君。たかだか金子(キンス)を取りに戻った割りには、時間がかかったな」
「いやいや、申し訳ないです。実はこの女子を連れて来たので、時間を食いましてね」
と、永倉は怜をその男の前に差し出した。
「え、ちょっと…」
戸惑う怜をよそに、永倉は笑いながら続ける。
「こいつは怜って名前の薬売りです。
さっき屯所に戻った時に見掛けたんで連れて来たんです」
「ほう…あの小汚ない屯所に女子が来るとは珍しい」
「でしょう? それに芹沢さんもこいつを気に入るはずです」
と、永倉は怜が土方に突っ掛かった事などを話していく。
芹沢という男は、最初は興味なさげだったが、永倉の話を聞くうちにだんだん顔をほころばせていった。
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