第一章 優しい人達

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 僕は何を言えばいいか分からず、黙ってしまった。しかし、春は全て分かってるという風に微笑みのまま、頭を撫でられた。恐らく数分か数十分経った頃、階下から母さんが春を呼ぶ声が聞こえた。 「そろそろ準備の時間だから、行くね」 「はいよ」 「できたら呼ぶから」  それだけ告げるとゆっくりと階下に下りる足音が微かに聞えた。  六時半にわざわざ部屋まで迎えに来てくれた春とリビングに下り立つ。するとすでに何時ものことながら母さんと父さんはテーブル席に着いていた。 「おお、遅いぞ涼。父さんお腹減りすぎて先に食べるところだったぞ」 「母さんだってそうですよ」  そして、二人向き合ってあはははと笑っている。意味が判らない。 「さあ、涼早く食べましょう」  春にまで促され二人並んで席に座り箸を掴む前に。 「「「「いただきまーす」」」」  近年ではやらない家庭も多いらしいがこの家では必ずやっている。 「うお~今日も美味いよ春ちゃん」 「ありがとうございます、おばさまと頑張ったかいがありました」 「そうよ、これで不味いって言われた取り上げちゃうから」  父さんは苦笑していた。きっと胸中で口に出さなくて良かったと胸を撫で下ろしているだろう。今晩はペペロンチーノと一人一つ小皿に盛られたサラダとシンプルな夕食。 「そういえば二人はそろそろ臨海学校があるんだって?」 「お父さん違いますよ親睦会」 「そうか……会社みてぇだな」 「そうですよ、お金も徴収されるんですって」 「母さん当り前でしょ」  春はどう反応していいか分からずとりあえずペペロンチーノをフォークで二、三回絡ませてから口に運ばせていた。 「あなた達どこに行くの? 山なの海なの」 「母さん……この間プリント渡したはずなんだけど」 「そうだっけ」  この人絶対目通してないよ。目通さないでシュレッダー行きだよ。 「それよりどっちなの?」 「校長先生の知人の私有地にある建物らしいですよ」  僕が口を開くよりさきに春が答えてしまった。それで母さんは満足すると思いきや。 「あらそぉ、山は大変ね虫も多いから。春ちゃん虫よけスプレー忘れちゃ駄目よ」 「はーい」 「君達山を舐めちゃいけねぇ、山は町中より人が少ない分普段できない遊びが出来るんだ」 「たとえば?」 「えっと……それは」
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