第1章: 泉の畔

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「はぁ……はぁ…… まさか……バドゥに人が乗ってたなんて……」 トレイズは女の子を背負い、バドゥの手綱を握り締め、ようやく畔まで泳ぎ着いた。 応急処置の知識だけはある彼はとりあえず女の子の脈を取ろうと、豊満とは言えない胸に手を置こうとした。 「………………」 …………女の子の目が開いた。 しばし、その体勢で固まるトレイズ。 「……こふっ」 「あぁ! ごめん! これは疚しいことはないんだ! 誤解だから! 脈を取ろうとしただけで!」 体を起こし、水を咳と一緒に吐いたのがきっかけに、トレイズはマシンガンのように謝罪の文句を連射した。 脈を取るだけなら、別の方法があったということに頭が働かなかったのだ。 「…………あんた、誰?」 「え!? あ、と トレイズです トレイズ・ルフィード 君は?」 トレイズはちょっと戸惑いながらも名乗る。 多分、“シャロン・シルバッハ”というのが彼女の名前なのだろうと予想していたが、中々返答が返ってこない。 女の子は頭に手を当て、顔をしかめた。 「…………思い出せない……   私は……誰?」 トレイズはこの状態を示す言葉を知っていた。 “記憶喪失” 「あ、そ、そうだ 多分、これは君のバドゥだと思うんだけど……」 泉に墜落し、気を失っているバドゥを彼女に見せた。 バドゥの体にはバッグと一緒に片手剣も備えられている。 彼女はバドゥの首もとに手を当てた。 「……この感じ……覚えがある 私は……こう……毛並みを整えてた……」 どうやらこのバドゥは確かに彼女のものらしい。 バッグの中に入っていた櫛を使って湿った毛を整えている。 その時、彼女はプレートを見付けたようだ。 「……シャロン……?」 「多分、君の名前だと思うんだけど…… そのバドゥは雄だし……」 「……シャロン・シルバッハ…… 私の……名前……なの?」 自信はなさげだった。 しかし、何をするにも名前は必要だ。 「記憶が戻るまで、シャロンって名乗ればいいと思うよ」 そう彼女に促した時だった。 彼女の顔に血が飛び散った。 バドゥの胴体に丸い木の塊ようなものが落ちてきて、バドゥが血を吹いたのだ。
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