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「はぁ、やれやれ、じゃぁ何とはナニを指しているんだ。君の目が下半身か後頭部についていないのであれば、私は見ての通り世界を救うことに忙しい。今は君の表情を読んで察してやることができない事くらい察してくれないかね、それに随分と上から声が聞こえるじゃないか、もし人に頼み事をするのならそれなりに低い位置から声が聞こえてしかるべきじゃぁないのかね?」
その声が凛と澄ましているからこそなのだろう、身空木の毎度の応対に今日も正常に苛立つ僕だったが、ここは一つ我慢していつものように腰を折ろう。
「お願いします、できれば机から降りてこっちの話を――」
「当然、お断りだよ。なぜ私が君の言うことを聞かねばならないのだね。そもそも正義と真実の使徒であるこの私が、本当に君のために世界を手放すと思っていたのかい? 私が手を止めればこの世界の罪無き人々が魔王によってどんな目に遭うかも想像できないわけでもあるまい。それでも私を止めるというのなら、私は君を魔王の配下につく色情犬型モンスターとして敵対させてもらおうか、さぁどこからでもかかってきたまへよ」
最大の侮蔑を込めて、鼻で笑われて、まるで勇者の鏡のような嘘を言う身空木は、なぜかさっきより活き活きしている――……突き出したお尻を振りながら。
やばい、すごい、うざい。
僕もさっきより順調にイライラしているようだ。
「つまり、絶対にそこから降りないんだな」
「世界の平和と真実を守ることこそが、私の存在意義だよ」
さも当然のように、身空木は嘘を吐く。
つまり、身空木楓は嘘吐きだ。
質が悪いと言うより、性質が悪いと言うべき、その虚言癖には節操が無い。
そもそも、無作為に人を騙すことに節操も何もないのだろうけど。
身空木が作り出す嘘には、無意味であり、時に意味があり、不必要であり、また必要な時がある。
際限なく繰り出される言葉のどこかに嘘が混じる。
息を吸うように真実を飲み込んでは、息を吐くように虚言を吐き散らす。
嘘を信仰し、嘘を遂行し、嘘を並べては嘘にして、欺し騙して瞞しぬく。
それこそが、身空木楓という人物の性格であり、性質であり、生き方なのであるらしいから、どうしようもないと諦めたのは、知り合った次の日だった。
だから、これ以上の問答は身空木を楽しませるだけなので、僕は一度部室から出た。
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