ドッペru原画ー ノ 肆

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 生活は至って普通だった。  母は僕を愛し、父は僕を憎んでいた。  母に抱かれ、  父に打たれ、  打たれた僕を母は愛し、  母が愛する僕を父は憎み、  そんな父をも愛する母に抱かれ、育つ僕は幸せ者だった。  僕の食事は長い間、母の乳だけだった。  母は言っていた、命を粗末に糧へとすべきではないと。  父は言っていた、命を安易に糧へとすべきではないと。  母は僕の命を長らえさせるため、父から隠れて母乳を吸わせていたらしい。  その度に父は母を見つけだしては殴打した。  母はそんな父から僕を懸命に守った。  ストレスで母乳が出ない時は、自ら乳房を噛んで血を流し、それをゆっくりと僕に飲ませていたらしい。  僕の身に覚えのない事だったけど、僕はそうやって一年を生き残った。    そして、少しして妹が生まれた。  なぜか母は妹を愛さなかった。  なぜか父は妹を愛しはじめた。  父が唯一、心を注ぎ始めた寵愛の存在は、母が唯一憎む憎悪の対象になった。    四歳の春、妹を虐待する母  五歳の春、僕を虐待する父  父に止められても、母の虐待は止むことがなかった。  父から隠れて妹を殴り、その度に父は母を見つけだしては殴打した。  父はそんな母から妹を懸命に守った。  六歳の夏、妹を愛さない母。  七歳の夏、僕を愛さない父。  僕達は、どこにも行かなかった。  家の中で僕達の世界は完結していた。  部屋の中で、僕等は終わりに到着していた。  僕には母の愛があり、  妹には父の愛があり、  父の虐待が、母の愛を確かにした。  母の加虐が、父の愛を確かにした。  それだけで、僕達は充分に幸せだったから。  どこにも行く必要なんてなかったのだ。  母と同じ傷が、僕にとっては家族の証だった。  妹と同じ傷が、僕にとっては兄妹の証だった。  八歳の秋、妹を求める父。  九歳の秋、僕を求める母。  父の憎悪は強くなり、また母の愛も強くなっていった。  母の憎悪は強くなり、また父の愛も強くなっていった。  僕の身体から、感覚と呼ぶべき物が削り出されたのは、次の夏だった。    最初に削り取られていったのは、味覚だった。
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