ドッペru原画ー ノ 肆

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 ナニを食べてもアジなどせず、ナニを噛んでも思うことなく、次に臭いが消え、食べ物に対する興味はなくなり、ただただ食べろと言われるがまま、なんでも食べた。 「とても美味しいです、お母さん」 「とても美味しいです、お父さん」  僕は初めて嘘を吐いた。  味なんてなかった。  口の中で、茹でた消しゴムでもコネているような不快感だけが、ずっと残った。  十歳の冬、父に抱かれる妹  十一歳の冬、母に抱かれる僕  ある日を境に、母は食事をしなくなった。  どんなに頼んでも、何も口に入れる事はなかった。  どんなに父が殴っても、何も糧にする事はなかった。  ただ、どこからか持ってきた赤く湿った布を、舐めるように吸っていた。  床に伏せて動かず、日に日に痩せていく母を見て、痛みすら感じなくなっていた胸が、その内側が、剥がれるように痛んでくれた気がした。  その年の夏、母が亡くなった。  死因は餓死とされた。  母が死んだ日、初めて泣く父を見た。  母が死んだ日、初めて笑う妹を見た。  僕には、その両方ができなくなっていた。    その日を境に、父は弱り始め、虐待は歯止めを失ったように強くなった。  拳で殴られ、  棒で打たれ、  熱で焼かれ、  刃で切られ、  歯で噛まれ、  愛のない、意志のない、ただの暴力となった父が僕の身体を痛めつけた。  痛みはあった、苦しいとも思った、だけどそれでも、僕には母の愛があった。  この身体に流れる、母の血が、母の愛が、僕を父の暴力から守ってくれた。  日に日に弱っていく父を見守りながら、僕は暴力に堪えた。  その年の冬、父に宛てた母の遺書が見つかった。  僕は父に隠れて、その遺書を見た。  遺書にはこうあった。  
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