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「そう、畏怖を集めるのはお前じゃない、今“流行り”のドッペルゲンガーの方だよ。大きな流れの中にいくら石を投げ入れても、僅かな波紋など限られた人間しか気づきもしないだろう。それも本当にごく僅かな、そう、例えばお前達のような怪談を専門としているような者達だ」
眼鏡武者が、完全に構えを解いた。
身空木によって見せられた、あるいは思わされた不確定な未来予想図に、足下を掴まれたのだろう。
そして心中のバランスを欠いたのだ、その肩が小さく震えているように見えた。
「人の命を直接奪ったのだ、学園側がお前を許すはずもない。地の果てまで追い詰められて、根本から奪われ、何もなかったかのように喰われて、お前の存在意義事消されるのが関の山だ、阿呆め」
が、そこで眼鏡武者が再び構えた。
震えだした手を添え、目には殺気が深く宿っている。
言い過ぎだ、身空木。
「ならば、ならばっ! せめてお前達の骸を土産に潔く去るまでだ! 怪談の本義は畏怖の高さにあらず! 取り憑かれし事象への執着こそが、怪談たる所以ならば、ここで、ここで今一度我が骸落としを体現し、せめてもの浮き世の慰めに――」
鯉口が開かれる。
月光を朧気に映す、日本刀の輝きが、僕の記憶をフラッシュバックさせる。
……それは駄目だ。それはさっきも見た。
身体が勝手に前へと出ようとした。
「このっ、馬鹿野郎がッ!!」
叫び声が、冷たい空気をはね除けるように反響した。
僕達は、同時に動きを止めた。
身空木が、これこそ本当の意味で、烈火の如く、叱咤したのだ。
「貴様の自棄に怪談を付き合わせるな!
貴様の愚行に怪談を付き合わせるな!
貴様の無能に怪談を付き合わせるな!
なにが浮き世の慰めだ!
テメェが怪談を慰みモノにするんだ!
死にたいならお前が勝手に一人で死ねい!! 」
冬の空気を熱するほどの、激昂だった。
あの身空木が、怒っている。
恐らく、嘘偽り、冗談抜きで。
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