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「別にいいだろ、先月はそれなりに儲かったんだ。私の働きを考えれば、これは当然のボーナスだよ」
「部長の許可無しで買えばそれは横領だ」
「はんっ、あんな幽霊部長なんぞ居ても居なくとも部の活動になんの支障も」
ようやく身空木は背をゆらりと起こして、ゆっくりとこっちへ振り返った。
「な、い――……ん?」
背へと掻き上げ流した長い黒髪が、僅かに差し込んでいた日の光を攪拌させるように乱反射させてから、一時停止。
僕と違ってよく似合う一直線の前髪、その下で眉間を寄せた顔が、こっちを見て怪訝そうな顔をする。
どんなに見慣れた人間でも、身空木の顔には鼓動一回分は心を奪われる。
黒い瞳が異様に大きく見える小さな顔立ちは、出来すぎている。
全てを失なった夜を思わせる黒い髪と相対する、白い肌。
それは白があるから故に深い黒であり、黒があるからこそ清い白であるかのように、相対しながら共存し、それが認識させてくる感情はシンプルだ。
ただ、美しいと。
不気味なほどに、身空木楓は美しいのだ。
その表現は恐らく人間に向けるべき言葉とは少し違うのだろう。
薄い唇の上にある鼻梁を中心とした完璧なまでの造形バランス。
人間離れした、それこそ至高を凝らした人形めいた顔立ちが、人でありながら例外的なまでに出来すぎている。
だから澄んだ空や、広がる海や、舞い散る華に、身空木を例える事はできない。
自然ではないからだ、ただただ不自然で、不自然故に綺麗で、だからこそ不気味なのだ。
なのに感じる命は身空木の目に宿っている。
いつも思う、澄ました猫と言うより、野生の豹か何かを彷彿とさせる両目。
飼い慣らされる事を許そうとはしない、自らが捕食者であると自覚した冷たい自信に満ちた肉食の瞳。
だからこそ、そんな身空木に一度でも優しく微笑まれでもした時は、誰もが騙される。
なんて美しい少女なんだ、と。
騙される、騙された、そんな人間がこの学校内だけで、一体どれだけいるのだろうか。
僕も最初は騙された口なので、その悔しさは良くわかる。
注意を促すために今一度心の中で自らに思う、身空木楓は、決して可憐な少女ではない。
そもそも少女ではない。
年齢的な意味合いでの否定ではなく。
ならさらに言えば、身空木は女でもない。
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