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例えば、お値段にして百万円を超えるようなベッドがあったとして、ならばそこで寝るという行為が百万円相当の睡眠になるのかとか、そんな至極どうでも良いことを考えて終うほど、身空木家ご自慢の高級ベッドは寝づらかった。
主に、柔らかすぎるのだ。
上質な雲を抱くような寝心地なのだぞと自慢されても、雲なんて抱いたことないし、そもそも雲は水蒸気の塊だから抱けないし、古い畳に石のように硬い布団は無いのかと言ってやったら、硬い籾殻の枕を顔面目がけて投げつけられた。
さすがに時間も遅すぎるので、今夜は身空木の家に全員で泊まることになった。
やはり体調が優れないのか、さっきまで寝ていた部屋で横になると言った削雛さんを見届けてから、僕はリビングのソファーでも、キッチンの床でも(それでも我が家の布団よりは広い)充分眠れるので、適当な掛け布団を貸してくれと頼んでみた。
なのに身空木は、客人を床やソファーで寝かせるなど家主の沽券にかかわる、それに今の君におあつらえな場所があるなどと言って、案内してきたのが、この部屋だった。
なぜか、ロココ調で揃えられた、部屋。
手の凝った細工に、上質な布地であしらえたソファー。
ふりるたっぷり天蓋つきのベッド。
花を模して作られた室内照明。
色取り取りの化粧瓶が添えられた鏡台。
ロリータ風味のぬいぐるみ達。
どこぞの、お姫様に憧れている人が好みそうな、そんな部屋。
身空木の嫌がらせかとも思ったが、聞けば、少し前までいた同居人の部屋らしく、(ここにて、初めて身空木が実はルームシェアをしていたのだと気がつく)今は好きに使っていいと言われたので、ここを逃して使うべきタイミングは他にないと思われたらしい。
酷く、迷惑だった。
もっとましな部屋はないのかと訪ねて、ここ以外にないと断られ、渋々腰掛けたベッドの柔らかさに悪い意味で腰が抜けた、というか腰が沈んだ。
この寒さの中、暖かな布団に潜れるだけでも幸いだと言い聞かせ、渡されたシャツに着替え、スカートを脱いだ。同時に何食わぬ顔で先にベッドへ入ろうとしていた身空木を部屋の外へと叩きだし、僕は就寝の構えを取った。だが、
「…………眠れない」
眠れなかった。
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