55人が本棚に入れています
本棚に追加
身空木は嘘を愛する、ただの嘘吐きだ。
嘘を手に入れるためになら、なんだってする、なんだって欺す、これが平常運行、常套手段。
化かして、落として、嘲笑う。
「まさかこんなにも簡単に“釣れる”とは、私も驚きが隠せなかったよ」
などと言いながら、決して驚きもせず、微笑みも崩さず話を進める身空木に対し、鈴村さんの様子はみるみると異変を来していった。その表情から、自信や蔑みの笑みは脆く崩れ落ちて、さっきまで毅然として上げていた視線を下げ、
「……ちがう、……こんなの、私じゃ」
ここに来て、最悪の言葉を吐いた。
「“これは、私じゃない”」
この一言で勝負は決してしまった、僕はそう思った。
「ちがう、ちがうわ! 私はこんなこと、こんな……っ!?」
助けを求めて辺りを見ました鈴村さんに、視線が刺さる。
刺さる。
刺さる。
突き刺さる。
まるで新たな獲物を見つけた、カラスのような黒い視線。
クラスの視線が集約して、鈴村さんを貫いていく。
「ちっ、ちがうわっ! 私があんな事するわけないじゃない、ね? そうでしょ?」
根拠のない否定に意味はない。
もし真実で無いのなら、確固たる証拠をもって嘘を見破らなくてはならない。
真実を手に、身空木の嘘を突き崩さねばならない。
だけどこれが、身空木の仕掛けた嘘だとしたら、それは酷く困難な事だ。
そして、もし、鈴村さんが言っている事が嘘だとしたら、
「ち、ちがう……ちがうったら……」
身空木の口端が持ち上がる。邪悪と表するになんの躊躇いを持たせない、恍惚とした微笑み。
間違いなく、身空木はこの状況を楽しんでいる。
この時を待っていたと嘘を噛みしめている、そんな表情だ。
「私は、こんな事を……こんな、事……」
クラスの視線は止まない。
新しい対象を集団で囲って見据えて、やがて言葉が漏れ始める。
疑心、嫌悪、軽蔑が鈴村さんを切り刻む。
怯えに、動揺が混ざり、今まで根回しをして編み上げたのだろうクラスの網は容易く切り落とされ、背を預けていた居場所が断ち切られ、縋るモノを無くした鈴村さんが、自分自身をを守るように傷ついた右腕を身体に引き付けた。
それでも膝から上ってくる恐怖に、肩が震え出す。
最初のコメントを投稿しよう!