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そんな事を言いながら、僅かに作る微笑み混じりの憂い顔を浮かべて、身空木は机から滑るように降り立った。
女性として振る舞う事になれきった手つきで制服の皺を払ってから、再び長机の横から僕を僅かに見上げるように、
「そんなに私の事が嫌いか――蒐(シュウ)」
その黒く大きな両目から、攻撃的な色が消えて、ただ何かに縋るような、何かを待つような、憂いを帯びた眼差しは、またも答えを最初から得ているようだった。
「知ってるだろ、僕は」
ここまで身空木について色々と不満を漏らしておいてなんなのだが。
僕は、それでも身空木の容姿も、性格も、嘘すらも嫌いではなかったりする。
嘘を嫌いと言えるほど、僕はきっと正しくも無ければ、真っ当でもないからだろう。
差別や悪行を批難できる人間ではないのだ。
どんなに付き合いが古くあろうとも、
どんなにその姿が美しかろうとも、
どんなにその嘘が僕を救おうとも、
何時ものように、
「男が嫌いなんだよ」
ただただ男であるというだけで、僕は身空木の事が嫌いなのだから。
身空木のどこか悲しげな瞳、それは思い込みだろうけど、これはきっと哀れみの目で身空木が僕を見た時、部室のドアに控えめなノックが聞こえた。
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