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「この格好は部の方針です。僕の意志ではありません、僕の趣味でもありません」
このやたらフリルをふんだんに施した純白のエプロンこそ、代々怪談部雑務担当が着衣を許された(強制された)聖なる衣(セイントクロス)なのだと言い渡され、嫌がる僕に無理矢理着させた一品。だったのにこれも一年半の間に慣れてしまっていたのか、よくよく考えれば初対面の人、それも女の人の前で平然と着るべきものではなかった。
「どんな部よ、はぁでも驚いた、私の人生の中で二番目くらいに驚いたわ。一年?」
「二年ですよ、Eクラスです」
「うわ同い歳じゃん、じゃぁタメ口でいいわよ、堅苦しいのも苦手だし」
「はぁ、いえでも、できればこのままでお願いします」
「そう? ま、強制するものでもないし、あんたがそれでいいなら」
削雛さんは、そこでようやく僕の煎れた珈琲を口にしてくれた。
「…………なにこれ、無駄に美味しいわね。どこの?」
「豆はブレンドです」
「じゃなくて、どこのメーカーのって意味。インスタントにしては美味しいじゃない」
訪ねられたので、僕はキッチンに置いてある手動のコーヒーミルを指した。
「まさかここで挽いて煎れたの?」
「豆は喫茶店からわけてもらったものを」
「随分と本格的ね。でも美味しい、ちゃんとしたお店のコーヒーみたい」
「あ、ありがとうございます」
……どうしよう、すごく嬉しい。
僕の中に言い知れぬ歓喜が走り抜けていくのを、確かに胸で感じた。
思えば、煎れども注げども、さも当たり前のようにガブガブ飲んでは感想どころから感謝の一つすらしない身空木達からは聞いたこともない言葉だった。
努力をした物が誉められるというのがこんなに嬉しいだなんて思いもしなかった。
雑務ばかりを担当して、もはや部室のお茶くみ係みたいな僕だったけど、たった一つの充実感が素直に嬉しいと思えている事に驚きだ。
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