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「――え?」
無表情で。
肉食系の野獣よろしく、獲物に襲いかかるポーズ。
反応しきれないどころか、困惑にすら行き届かないままの削雛さん。
身空木の右手には逆手持ちした、彫刻刀。
切り出し刀、斜めに刃のついた彫刻刀、切れ込みいれたり、表面を剥いだり、用途も色々でとっても便利な彫刻刀。
うん、まぁそれでも、人に使うようには造られていないはずの彫刻、
「とう」
勢いを溜め込んだ両脚を伸ばそうとする、その前に、僕はカップの中身を身空木の頭めがけて投擲した。
命中、バシャっとカップの湯はたっぷりと身空木の髪に吸い込まれて、ダバダバっと滴って、さすがの身空木も動きを止めた。
止めて、少しして、
「……熱いじゃないか、シュウ」
ぐしゃぐしゃに濡れきった前髪を掻き上げながら、何ごともなかったように僕を見た。
「お前の方が熱くなってるだろ」
「なら酷い事をするじゃないか」
「お前がやろうとしてたことの方がよっぽど酷いだろ」
「それこそ酷い誤解だ、私はこのクソ女をちょっとした芸術にしてやろうとしただけだよ」
「それこそ酷い感性だ。彼女のツインテールは今の状態で最高に芸術的だよ。余計なことをするな、次はポットの湯をかける」
身空木がやっと呆気にとられた削雛さんを見て、再び僕を見て、
「君はこんな髪型が好みなのかね?」
その質問には、
「すごく可愛いと思う」
正直に答えた。身空木は、またニヤリといやな笑みを浮かべてから、「少し冷ましてくるよ」と告げて奧の小部屋、シャワールームへと消えていった。
「じゃぁ、その間に僕がお話を聞くと言うことで」
削雛さんは困惑に目を見開いたまま、何度かコクコクと頷いた。
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