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§ § §
要約。
つまるところ、削雛さんは今現在、怪談の類に困窮しているとのことらしかった。
それも幽霊や妖怪といった者とは少し毛色が違う。
「ドッペルゲンガー、ですか?」
問い返すと、本日二杯目になるコーヒーを両手で持つ削雛さんは、落ち着いた様子で頷いた。
「はん、やれやれ、君は本当に無知だな。ドッペルゲンガーとはドイツを発祥とする、人の皮を被って隣人を騙す悪魔の名前だよ」
こちらは既に三杯目、制服から学科指定の紺色ジャージの体操着に着替え、再び椅子の上で胡座をかいて、膝に頬づえをつく身空木に鼻で笑われた。
「へぇ、じゃぁ身空木ってドイツ人だったんだ」
「誰が悪魔だ、嘘に決まってるじゃないか」
「知ってるよ」
「ドッペルゲンガーは肉体から魂だけが分離し、身体と瓜二つの姿で現れたものだと言われている。世界から見てもその起源はとても古い怪奇現象の一つだよ。ダブル、コウォーカー、日本では江戸時代頃に影のわずらいとも呼ばれ、芥川龍之介、ドストエフスキー、エーヴェルス、オスカーワイルドと、文学に映像にと長年使い古されてきた題材だよ」
いつもの嘲笑するような物言い。
どうやら身空木は猫を被るのを完全に諦めたようだった。
まぁ彫刻刀を片手に飛びかかろうとしておいて、今更猫もなにもありはしないのだろうけど。
「よってうちが買い取るまでもない、すぐに忘れ去られて氷解する、ということで悪いがお引き取り願おうか?」
「どんなに使い古された話でも実害が目に見えて現れている怪談よ? この学園なら相場がそんなに安くなってるとは思えないけど」
「ふん、ドッペルゲンガーによる実害と呼ぶには、どれも証拠不足だよ」
事が目に見えて起こり始めたのが、今から一月前の事らしい。
曰く、体育の授業から後れて戻ると、自分のロッカーから荷物が消えていた。
「誰かの勘違いだ」
曰く、帰宅時、自分の靴箱から靴が消えて、自分が現在使っているのと同じサイズの上履きが既に収納されていた。
「誰かの手違いだ」
曰く、階段から突き落とされたと、身に覚えのない罪状を突き付けられ、問い詰められた。
「そいつの見間違いだ」
その他、複数箇所で削雛さんを同時に目撃したという証言多数、と。
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