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「……大丈夫よ、怪我とかは慣れっこだし、そんなに深い傷ってわけじゃないわ」
医学に詳しいわけじゃない僕にも、削雛さんの言葉が嘘だとはわかる。
それほどに、これは解りやすく、深い傷に見えた。
「それに医者に言えるとおもってんの?」
削雛さんが、シャツを下ろし、セーターを着込んで整えながら、
「自分にカービングナイフで三回切り裂かれて、最後にはお腹を刺されましたって」
それは……確かにできないと思った。
「もし私が医者なら、腹を縫い合わせた後にカウンセラーを呼ぶよ」
もちろん私のためのな、と言って身空木は席へと戻って深く腰を落とした。
「もし私が医者なら、真っ先にあんたの口を縫い付けてやるわ」
誰かではなく、誰でもなく、自分で切ったのですらなく、“自分に”切られた。
普通に見れば、それは妄言としかとられないだろう。
つまりは、これが削雛さんにとっての目に見えた実害。
ドッペルゲンガーに身体へと刻まれた、その実在証拠ということらしい。
「一応だが訪ねておこうか、ストレスからくる自傷衝動、もしくは自殺を考えた事は?」
「ないわ。そんな事しそうに見える?」
「疑ってかかるのが性分でね。だがお前の神経は充分に図太そうだよ」
「ふん、ありがとうと言っておくわ」
「はん、いえいえと言わせていただくよ」
なんだろう、空気が乾燥しているからだろうか、二人の間に見えない火花を感じる。
何かに引火しなければいいんだけど。この季節は色々と燃えやすいし。
「それで、いつからだね」
「最初に襲われたのは二週間前。それから全部で三回、人気がない放課後を狙ってきたわ」
「三回とも姿を見たのかね」
「薄暗い廊下や、照明があまり無い場所を狙って襲われたから、顔までは見てないわ」
「それでもドッペルゲンガーだと?」
「あれがドッペルゲンガーなのか生き霊なのか、その他の何かなのかは専門外よ。だけどアレは間違いなく私だった……いえ、私のようなナニかだった。アレは他人には見えなかったし、思えなかったわ。あるでしょ、そういった直感にも似たなにかって」
「さぁね。傷は腹部にだけか?」
「そうよ」
「では仮に引け受けるとしよう。お前は私達にどんな報酬を払える?」
「全学科共通使用可能の食券、一日三枚で三月分」
「期限は」
「できるだけ早くよ」
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