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§ § §
「ふふ、ふう、ひひ、ひっ、ぷっ、くくっ」
本日何度目だろうか。
僕の格好を見ては、必死に笑いを堪えようとする身空木の顔は頬袋に餌を詰め込んだハムスターみたいで、見ていてすごく癒される……わけもない。
「笑いたければ笑えばいいだろ」
「いいのか?」
「いいよ」
「うひゃひゃひゃひゃひぃ! っぐふはっ! ひひひひぃひぃひぃっ死ぬ! 蒐子ちゃん私死ぬ! 私はここで笑い死ぬぞ! ぐふはっひぃっひぃッ」
「よし、死ね」
僕はたらこパスタのソースがこびりついたフォークで身空木の手の甲を刺した。
「理不尽!?」
避けられたけど。
「本当に笑う奴があるかよ、誰かに聞かれたら化けの皮が剥がれるぞ」
「それは君も一緒じゃないかって、まぁこの盛況ならそれも無いだろうさ」
昼時、芸術科の大食堂はかなり賑わっていた。
驚くのはその盛況ぶりより、やはりデザインだ。
教室や校舎と同様に、普通科の普通で変哲も代わり映えもない地味な食堂とは違い、ここまでデザインに凝っている食堂なんてそうはないだろう。
白を基調としているのは教室と代わりはないが、ここは自然の太陽光をふんだんに取り入れるデザインらしく、頭上には天板などが殆どなく、高い天井はガラス張りの部分が多い。室内でも外で食べる楽しさでも味わって欲しいのか、食堂なのに小さな中庭まであるのだから驚きだ。
そんな食堂に所狭しと並んだ机や椅子には、現在ほとんど空きがない。
皆、必要最低限のスペースで昼の憩い時を楽しんでいるように見える。
六人用の机を二人で使うのが、いささか心苦しい。
「それでももしもって事があるだろ」
「ないよ、ちゃんと鏡を見たのかい? 今の君は完璧なまでに理想の女の子だよ」
鏡は見た、イヤになるほど、割りたいほどに見た。
身空木の手によって施されたメイク技術の数々は、タダですら女よりだった僕の顔からトドメと言わんがばかりに男らしさを消し去った。
人を騙す口先だけではなく、人を騙す手先まで器用な身空木にとっては、この程度は序の口でしかないのだ。僕はその技巧を、やり口をイヤと言うほどみてきている。
そして今回も例に違わず、鏡の中の僕は本当にイヤになるほど女の子になっていた。
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