ドッぺru原画ー ノ 弐

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「鏡?」 「そう、鏡だ。これもまた芸術を定義する観念の一つでしかないがね。だが、あらゆる主義主張に別れる芸術を、たった一つの理に貶めるのは愚行だ、なのでここに一つ、私が思う芸術論を説こうじゃないか」  そう言って、身空木は小さな折りたたみ式の鏡をどこからともなく取り出し、僕へと向けた。  そこに写るのは僕と、僕の後ろに見える景色だ。 「芸術家は、このように現実を模倣する鏡のようなものだ。これは模倣論と呼ばれている一つの観念だが、だが私はこの観念とは違う意味で、芸術家は鏡だとおもっている」  開いた鏡を、今度は自分の胸元に添え、なぜか斜めに立てた。 「芸術とは作り手の心鏡だ。斜めを向いた鏡、曲がった鏡、歪んだ鏡、色のついた鏡、割れた鏡、各々が持つ自分だけの心鏡だ。作り手は、その心鏡に写るモノをいかに表現するかを考える。この鏡に写る景色をどう表現するか、この鏡に写る時代をどう表現するか、この鏡に写る感情をどう表現するか。そして筆を、ペンを、彫刻刀を、楽器を、身体を、表現に使えるものはなんでも使い、心の鏡に写るモノを表現しようと試行錯誤する」  こういった話をする身空木は楽しげだ。  自分で「私は最初に口先から生まれてきたのだよ」などと、豪語するだけのことはある。  まぁ、それはいいんだけど。 「ならば表現は全て芸術たり得るか。肯と取れば事は簡単だ、バケツに汲み上げた色をキャンパスに垂れ流して、これは芸術だと言い張ればいい。だがこれを否とする者は芸術の深淵へと歩みを勧める事になる。そして思い悩むのだ。新たな表現を、自らが芸術と呼べるその方法を求め、鏡の奧を深く覗こうとする。だが、そこに現れるのは他でもない自分自身が写りこんでしまう。芸術家達はそんな自分の像と共に世界を見つめながら、時にはストイックに、時にはエピクロスに! 悩み! 悶え! 苦しみ! 溺れながらも自らの鏡を見続ける!」  身空木さん、息が荒い、鼻息が荒い、頬が紅潮してる、明らかな興奮状態になってきている。 「わかった、落ち着け、いえ落ち着いてください、つまりは」 「はぁ、はぁ、なんだね!」 「つまりは、削雛さんは鏡を見て作品を作る職人ということで、いいですか?」  ゴンっと身空木は額を机へ打ち付けてしまった。
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