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「武内! 話が違うでしょ! そいつに手を出さないって約束でッ!」
叫ぶ削雛さんの言葉を無視して、金髪男が僕に手を伸ばそうとする。
歪むように笑っている、歪な顔立ちだ、これこそ人間らしい顔立ちだと場違いながらも関心する。
大きな手、傷の無い手、僅かにこびり付いた赤い色、危険危険、危険な香りがいっぱいで、そうかそうか、そうだった。
“やっと思い出した ”
僕は一歩下がって間合いを取る。
「この人痴漢です」
と、前置きをちゃんとしておいてから、僕は手を“あげた”。
「あ?」
後ろに軽く振り込んだ右腕を、金髪男の顎目がけておもいっきり振り挙げる。
程よい重みのかかるビニール袋が、男の顎を掬い上げるように撃ち抜いた。
発破音。
咥えていた煙草の火が鮮やかな朧を描き、男の顔は天を仰ぐ。
中身が入ったペットボトル二本と缶二つの重量。
後方へと振りかぶった肩から肘へ、肘から手首へと流動する物理法則。
合わさり、重なり、肘を支点に振り抜かれれば、それは立派な暴力になる。
そう、これはただの暴力だ。
恥ずかしながら、僕が知っている力は暴力(コレ)だけだ。
対等な人間と渡り合うための武力も、
上等な人間と競り合うための戦力も、
僕は持ち合わせていない。
自分より弱い者を、脆弱な部分を、壊れやすい物を、ただ壊すだけの方法(ぼうりょく)しか教わらなかったのだ。
僕は恥ずかしい人間だ。
解っていても、骨身に染みついて離れない。
まだ、歯止めがきかない。
また、そうやって人間として弱い部分である顎をわざわざ狙って撃ち抜いて、殺しきれなかった重量を抑えるようにビニール袋を背へと回して、こんどはそのまま顎を浮かせた男の顔へ撃ち下ろした。
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