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結局、第二特別美術室は新校舎の方にある、とのことだった。
壮絶な遠回り、とは言えないものの、アレから既に十五分。
アレなどと適当に濁しておきたい身空木の工作活動が終わるまで、僕等は待った。
近くの階段を下った先で肩なんか並べながら。
血が付いてしまったビニール袋とかは捨て置いて、まだ無事だった缶コーヒーとお茶なんかを二人で飲みながら。
しばし無言の時間を共有して、
「その、怪我は大丈夫ですか?」
静寂に堪えられなかった僕の方から話を切りだしてしまった。
「……言ったでしょ、慣れっこだって」
じゃぁいつからあんな事をされていたんですか。
どうして黙っていたんですか。
なんでこんなことされてるんですか。
どんなことをされたんですか。
やっぱり病院に行きましょうか。
そんな言葉を出そうとして、『人には知られたくない傷があるのだよ』などと、なぜか身空木の言葉がそれらを塞き止めた。
おかげで再び言葉が心中で衝突事故を発生させる。
虚しさとも無力感とも取れる感情が、漏れ出した油のように胸中へと広がっていく。
血液と混ざることができないのか、胸の奥へ沈殿していくようだ。
胸焼けで着火でもしたら、いつかこの感情が僕を中から燃やすのだろうか。
人間の心と言葉にも保険がおりればいいのにと思いながら、
「そうですか」
と、それだけで、何も言えずに僕は静寂へ飲まれてしまった。
今の僕には、やはり何かが足りないのだろう。
しばらくして、僕の書き置きに気がついたのだろう身空木が、階段を下ってきた。
何かをやり遂げたような、爽やかな笑顔。
その笑顔を見て、僕は何を言えばいいのか解らず、
削雛さんは何も言いたくなさそうに、コーヒーを飲み込んで、
身空木は頬に付いていた赤い絵の具を拭った。
荷物はビニール袋から、学生鞄へと何事も無かったように変わっていた。
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