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「それは光栄な話だ、何だったら二割ほど美人に描いてくれてもいい。ま、無理だろうがね」
「あんた、本当にむかつくわね……それが嘘じゃないところが尚更むかつくわ」
身空木の姿は確かに形容だけを誉めるなら、美人だと言ってもいい。
だけどその容姿が最高かと問われれば、僕はそうとも思わない。
身空木の美しさ、それは不気味なほどだ。
これは個人的な意見だけど。
だけど身空木よりも自然な美しさをもった人間の方を、僕は賛美する。
「二割程度だったら美人に書けないのだろうか。僕は書けなくとも、削雛さんになら簡単に書けるのでは? と、そんなところだろう」
「人の思考を勝手に読むな」
「君の思考は単純だ、赤子も同然だよ。そして優しい私はそんな赤子に教授しよう」
「ではお願いします」
簡単に腹の内を読まれて腹も立つが、気になっていることは本当なのだ。
「簡単だ、テーマを超えて描けば、それは“嘘”になるからだよ」
嘘になる、と嘘吐きが言った。
「パリの似顔絵描きじゃないんだ、この女は自分の目に写った物を、自分の鏡に写った物を、その通りにしか描けない、いや、“描かないからこそ”芸術家たり得るのだよ。どんな鏡であっても、テーマを超えたモノは写らない。どんなに元より優れようが、劣ろうが、写らないモノを書き足せば、それは偽物になるのだよ。そして自らの作品に嘘を吐かないのが芸術家と呼ばれる生き物たちだ」
私とは相反する難儀な生き物だよ、と付け足した所で、
「モデルがうるさいわよ」
と、怒られた。
「いやしかしだね、私にはまだ話すべき事が」
「これ以上喋ったら舌を何枚か付け足すわよ?」
「はん、そんな偽物を描かれてはかなわないな」
「だったら喋るな、いい? 今からよ」
別に七枚くらい付け足しても嘘にはならないと思うけどな。
身空木はどうやら削雛さんの脅しに屈したのか、静かに口を噤んで、上品に微笑んだ。
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