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「ドッペルゲンガーは存在している! 偽物なんかじゃない!」
叫びと呼ぶ方が正しいだろう。
両面の壁を揺るがさんばかりの、大きな声で。
巣を壊しかねない声で。
「なんだか随分と楽しそうだね、削雛君」
そんな声に、答える声があった。
§ § §
来客。この場合、僕達も来客の内に数えるべきなんだろうけど、後からやってきた男は、どこか見覚えのある奴だった。
「お邪魔させてもらうよ。いやぁ削雛君がついに作品を作る気になったと耳にしてね。いてもたってもいられなくなって、ついつい職員会議を抜け出してきてしまったよ」
片手に大きな紙袋。二十代は後半だろうか、目元まで伸びる黒髪、細く角張った顔には線の細い黒縁眼鏡と白い歯。皺一つ無い黒のカジュアルスーツ姿から滲み出る爽やか過ぎる空気を纏いながら、男は遠慮無く削雛さんのアトリエに踏み入ってきた。
「それで、また色々と入り用だろうと思ってね。必要になりそうな画材から取りそろえてきたんだよ」
そのまま何の断りもなく僕等の前へとやってきた。
うわ、近くで見たらよけいに爽やか。
トイレの芳香剤代わりになりそうな人だ。
「あのすみません、どちら様ですか?」
でもこの部屋はどんなに汚れていようと、削雛さんが一人いれば充分に堪えられるので、僕にとってはこの男は異物でしかない。
「おっと、それは傷つくなぁ、僕だよ、真東蒐子君」
誰だよ、馴れ馴れしい。
そもそもなんで僕の名前を知っているのだろう。
ストーカー? これが世に聞く噂のストーカーさんなのだろうか。
ならば危険、この男の勘違いは正さなければならない。
「蒐子さん、あまり冗談が過ぎると“担任”の白津(しらづ)先生が悲しみますよ?」
何か武器になりそうな物はないかと後ろ手に探していた僕へ、身空木の強い口調が射し込まれた。見れば、崩していた姿勢は既に正され、猫モード。
担任、担任? あぁそうか、思い出した。
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