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「……わかりました。お話、ありがとうございました」
そして、卵すら暖めることができなくなってしまったら。
そして、卵すら生むことができなくなったら。
やがては巣にいることすら、その理由を失ってしまったら。
きっと落ちるところまで、彼女は落ちるのだ。
その行き先を、僕は知っている。
そこは暗い池の底だ。
そこでは、やがて魚の餌になるだけなのだ。
傷付けられて、腹を裂かれて、骨を砕かれて、血を流して、誰かに呑まれるだけだ。
なら、だれが彼女を護ればいいのだろう。
「え、あ、あぁ、もういいのかい?」
まただ、また何かが胸の奥にたまっていく感覚がする。
「失礼、します……」
蠢き出す、空腹感情。
湯飲みの中身を流し込んで、道を熱で焼いて、空腹が昇ってくるのを押さえ付ける。
そのまま、僕は生徒指導室から逃げるように飛び出した。
走って、離れて、探して、見つけた冷水機に顔を押し付けるようにして、水を飲んだ。
ガブガブと、ガフガフと、まるでケダモノのように、空っぽの胃袋に水を流し込み続けた。
そのまま、五分だろうか、十分だろうか、それとも数十秒かもしれない時間、僕は喉を鳴らし続けて、空腹感が消えるまで水を飲み続けた。
空腹が和らいだところで顔を上げて、口を裾で拭った。
女子としては、きっと行儀の悪い行為なのだろうと思いながらも、気遣うほどの余裕はなかった。
「……帰ろう」
とりあえず、今聞いたことを、できるだけ身空木に話してしまおう。
そしたら、少しだけ胸が楽になるような気がするのだ。
時間も無いので、再び早足でもと来た道を探して廊下を進む。
まだ記憶が新しい内に、逆に辿って歩いて、曲がり角。
現れた階段を半分降りた踊り場で、僕は意外な奴に出くわした。
「――……身空木」
身空木がいたのだ。
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