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「……な、」
なら、僕が驚いたのは何か。
問われれば、一言で答える事ができる。
尻だ。
目の前にあったのは尻だった。
というか、黒タイツだった。
この季節に穿くべき物がタイツなのか、スパッツなのか、ストッキングなのか、何と呼ぶべきかは確かではないのだけど、普通科の冬期指定である黒いセーラー服のスカートから覗かせているのは間違いなく女性物のそれだった。
…………うん、ここはきっと笑い所。
細かくその場所を表すのなら、僅かに差し込む陽光を浴びる長机の上。
有り体にその風体を表すのなら一人の人間、長い黒髪を夜みたいに背へと広げ、腰を高々と持ち上げて、まるで猫が背伸びをする時のような格好。
うつ伏せの状態で顎をビーズクッションに、膝を机に付け、腰を持ち上げたまま白く細い両腕を伸ばしたポーズ。
その先と言えば何やら線状の物が伸び、その先はさらに書斎机に置かれた四角形の筐体に繋がれ、それはさらに小型のブラウン管テレビへと接続され、その中では目の細かいドット絵で自分の腹部からミートスパゲティーのような腸を晒しながら蠢く怪物が映しだされている。
「なにやってるんだよ……身空木(みうつぎ)」
躾のなってない猫こと、部室の長机に不格好な形でレトロなゲームに没頭する身空木楓(みうつぎかえで)は振り向きもゲームをする手を止めることもなく、
「……なにを? 君はこんな名作を一目みただけで解らないのか? 君の無知で粗暴な記憶能力にはほとほと呆れ返るところだが、特別に無知で無粋で阿呆な君に簡潔に教授してやろうじゃないか。これはPCエンジンというゲーム筐体のソフトで、その名も邪聖剣ネクロマンサーだよ」
本当に気怠げな声でそう言った。
「やってるゲームソフトのことじゃない」
なのに、その声そのものは凛としている。
「あぁ、ならこの格好の事か、ならば初めてお披露目したのだから知らないのは無理もない。これぞ我が家に古くから伝わる由緒正しきゲームにおけるプレイ作法、その名もスフィンクスの型だ」
「へぇ、身空木の家って実はエジプトの家系だったんだ」
「嘘だよ」
「知ってるよ」
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