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S県、K市。
県道は混み合っていた。
交通量の反して県道は片側1車線しかない。都市の発展の早さに伴う人口増加に行政の整備計画が追いつかなかったのだ。K市は東京都と隣接しその距離的優位さから、都内で働くサラリーマンがマイホームを買うには打って付だった。
しかし、30年前にはまだまだのんびりした田舎道であった県道が、瞬く間にファミリーカーで埋まった。土日になると、県道沿いにある複合型スーパーに訪れる家族のせいで渋滞は膨らむ。
拡幅工事の予定はあるが、バブル経済に乗って、田畑を潰してバカスカ立てられた民家の立退きの際に発生する補償金が追いつかず20年たっても実施されていないのが現状だ。
『暇人どもが。こいつら、全員公務執行妨害で逮捕だ。』
セダンの助手席で煙草を燻らせながら、中年の刑事は悪態をついた。
『富岡さん、車内で煙草を吸うときは、窓を開けて下さいよ。原則禁煙なんですから。』
富岡は、鋭い眼光を運転席の若い女に向けた。新沼頼子、彼女は半年前に研修を終えたばかりの新米刑事だ。
本来なら、富岡などの下について走りまわるような、しょぼい立場ではない。慶応義塾大学法学部を卒業し、上級公務員の試験を通ったエリートだ。
階級もすでに警部補からのスタートであり、警部止りの富岡などすぐに追い越してしまうだろう。
『何度も言わせるな。警部と呼べ。煙が嫌なら降りて歩け。』
このハゲオヤジ!きーっ!私が警視正になったら、とことんパワハラしてやる。
新沼は心の中で歯ぎしりしたが、富岡は59歳で定年間近、残念ながら新沼が富岡の在籍中に上司になる可能性はない。
セダンを路肩に停車すると、エンジンを掛けたまま車を降りる。
『富岡さん、私タクシーで現場行きます。』
これくらいの反抗はしておかないと、パワハラハゲの言いなりになっておしまいだ。タバコを消したら許してあげる。
すぐに、けたたましいサイレンがなり、振り返ると富岡のセダンが反対車線を豪快に飛ばしていくのが見えた。
慌てて、タクシーを探すが見つからない。当たり前だ。この混み合う時間に県道を走るタクシーなどあるわけがない。新沼はそれに思い当り、離れたところに見えるバス停に向かって全力で走った。
急がなければ、現場検証が終わってしまう。赴任そうそう起きた事件。…被疑者逃亡による、指名手配。死体遺棄ならびに殺人。
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