318人が本棚に入れています
本棚に追加
グシャッとメモを手で握り潰しながら、瑠威は和敏に告げた。
「今更なんですよ。十六年前のあの純粋な自分には戻れません。あの時、日本を離れる時に俺は決めたんです。『過去は振り返らない!』って・・・。」
「瑠威・・・。」
「どんな言葉を紡いでも、俺には全て偽りにしか聞こえません。」
スウッと席を立ち、瑠威は和敏に『気分が悪いので帰ります。』と伝え、一礼をしてその場から去って行く。
これ以上、ここにいてはいけないと瑠威は思ったのだ。
和敏は瑠威を呼び止めようとしたが、止めた。
彼なりに瑠威を苦しめたくないと思ったのだ。
ゆっくりとした歩調で通路を歩いていた瑠威は静かに涙を流していた。
本音は誠一を信じたいと考えているが、どうしても左手首の傷が痛み、過去の辛い記憶を呼び起こしている。
鈍痛を感じる度に同じ目には合いたくないと思い、彼の心を頑なに閉じていた。
曲が終わったその時だ。
背後から自分を呼ぶ声が聞こえたのである。
(誰・・・・?)
思わず出入り口から出ようとした寸でのところで立ち止まってしまう。
同時に会場中がざわざわとざわめき始めていく。
自分を呼び止めた声の主が誰なのかを、瑠威は嫌なほど知っている。
だからこそ、振り替えようとはしなかった。
会場中がざわめく中、マイクを通して声が聞こえてくる。
声の主は誠一だ。
「みんなに聞いて欲しいんだ。今の曲『涙【ルイ】』は十六年前に書いた詞で、俺にとってはすっごく大切な曲なんだ。」
言葉を選びながら、誠一は話を続ける。
メンバーも黙って見守っていた。
「十六年前、俺は手放してはいけない人を手放してしまった。当時の俺はプライドが高く、俺様だった。今でも俺様気質は残っているけど、あの時は自分でもドン引きするぐらいに俺様だった。」
すると観客席から笑いが起きた。
瑠威は背を向けたまま、聞いている。
「アーティストと一般人の恋は世間的には受け止められていなくて、別世界だと分かっていながらも、俺はその人を好きになった。でも、俺は別世界に生きていることを勘違いしていたようで、好き勝手にしていた。色々な女と付き合ったり、スキャンダル報道をされては名前が売れると高飛車になったり・・・。本当、最低な男だった。」
最初のコメントを投稿しよう!