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『お前、あんま笑わねーのな』
千晶は滅多に笑わない女だ。
それが始め、俺は無性に気に食わなかった。
何となく距離をとられている気分になったのだ。
二度目か三度目あたりの“事後”の後の、他愛ない会話の最中。
ついに我慢出来ずにそれとなく不満を口にした。
同じベッドの中で少し驚いたように俺を見る千晶の顔は、それでもなお口を一文字に引き結んでいた。
『それは私に対するクレームと捉えていいのかしら』
クレームだ?
業者じゃあるまいし。
『あー、まーそんなカンジ』
シラけた視線を放つ俺を知ってか知らずか、千晶の顔は変わらず真顔。
『どうして?』
『は?』
『嬉しくも楽しくも可笑しくもないのに、どうして笑わなければいけないの?』
――目を逸らせないほど真っ直ぐに俺を見つめる、真面目な瞳。
それを見て初めて、俺はやっと悟った。
そして、絶句した。
彼女は俺が今まで関わってきた女とは、それこそ根本からまるで違うのだ。
“愛想”、“好意”、それらに対する観念が。
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