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シオの病気を知っているのは、毎回診察してくれるエターの医者だけだ。
ヒステリックな声は、聞いただけでその猿顔が思い浮かぶほど特徴的だ。
ミルも顔見知りなのに「誰か分からない」なんて、よくまぁうそぶいてくれる。
エターの医者を庇っているとしか思えない。
「先生……やってくれたね」
シオは酒の匂いがこもる口の中で舌打ちすると、怒る代わりに大きな溜め息をついてビールを口に含んだ。
皇帝との約束を破らないでファーの金狼に訴えるとは、智慧の回る猿だ。
灯りの中に浮かぶミルの丸顔が、カウンターに同席するサラとヤンを見た。
そしてまたシオに向き直って言葉を紡ぎ始める。
「僕、ファーに帰ってから父さんに相談したんだ。病名を告げたら真っ青になって、一刻を争うからすぐファーに連れてこいって言われた。だからシオ、今すぐ行こう」
コトッ。
ビールの入ったカップをカウンターに置き、三人に注目されながらシオは軽やかに口の端を持ち上げた。
「大袈裟だなぁ。大したことないよ」
「シオ!」
途端に、シオの痩せた肩がミルの両手に掴まれて激しく揺さぶられた。
「父さんが動揺するくらいだ。ファーでも治すのが大変な病気なんだよ。中央病院の受け入れ体勢はもう整ってるんだから、早く行って治そうよ」
噛みつかんばかりの勢いで、ミルが至近距離から捲し立ててくる。
「うるさいなぁ」
シオは椅子から立ち上がり、ミルの手を肩から振り払った。
笑顔から一転、眉根にしわを寄せて小柄なミルを上から睨みつける。
びくっと身体を震わせたミルは、ぴたりとしゃべることをやめた。
サラが銀髪を揺らして椅子から腰を浮かしている。
愛するミルに何かあったら素早く行動を起こすためだろう。
物騒なことに、腰のホルダーに指を引っかけて、いつでもパルスレーザー銃を抜く体勢になっている。
怖い護衛だ。
「気持ちは有り難い。でも今の俺は、名実共に帝国のトップなんだ。この情勢ではどこにも行けないね」
静寂の訪れたビール工房の空間で、シオは激情を抑えながら静かに本音を語った。
「でも」
「ちゃんと聞きなよ!」
拳を握ってミルの言葉を遮ってしまうのは、酒が入って感情の制御に時間がかかっているせいだ。
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