259人が本棚に入れています
本棚に追加
/1324ページ
「帝国がカーサルーン王室のブラック・ドラゴンという切り札を失ってから、情勢はごろっと変わったのさ」
何の加減か、皿の油の上で灯りがゆらりと歪んだ。
「人質がいなくなったことで、カーサルーン王国は帝国との同盟を反故にし、掌を返してサンザ共和国との同盟を発表した。
彼らが聖狼連合軍を発足させたのは、弱った今の帝国を孤立させて一気に叩くためだ。
本当の全面戦争が始まろうとしているんだよ」
「待って。カーサルーン王国には、帝国出身のカイル皇子がいらっしゃるわ。そんなことって…」
カーサルーン王室に縁の深いサラが、身を乗り出して口を挟んでくる。
「カイル皇子は帝国の身内を捨てたのさ。完全にカーサルーン王室の一員として生きることを決断したらしい。
でも責めないでやってくれよ。そうしないと、カイル皇子はあの国の次期国王として生きていけないんだ」
そう言って肩をすくめることしか、シオにはできなかった。
「カイル様が……」
気性の浮き沈みが激しいサラは例のごとく表情をころころ変え、脱力したように元の椅子に尻を落とす。
「長きに渡って帝国のばらまいた侵略の種が、こんな風に育ったんだ。
自業自得だからさ、俺は皇帝として事態を収拾するつもりだ。
だのに皇帝が逃げるようにいなくなればどうなる?」
言葉を切って、シオは解答を考えさせるように各々の顔を順に眺めた。
唸るようにシオを注視したまま、誰も意見しない。
シオは自分の用意した解答を述べた。
「軍の指揮は下がるし、宮廷の連帯感も民心も離散する。聖狼連合軍はそれこそ好機と攻め入ってくるだろう」
思いの丈も一緒に吐いたせいで、シオの唇は震えていた。
「さっきの闇討ちがいい例だよ。戦争をふっかけてくる前に、皇帝たる俺を消して帝国の力を削ごうとしている」
ことの重大さが並外れて大きいせいだろう。
やっぱり、誰も何も言わなかった。
最初のコメントを投稿しよう!