W-WOLF 第三十八話 宮廷恋歌

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 検査と治療にかかる時間はシオの病状次第だという。  早くて月が一巡り、長ければ冬までかかる。  最悪、生涯シオが帝国に戻れないという事態も起こり得る。 「駄目だ。そんなに宮廷を空けることはできないよ。リスクが大きすぎる」  取り敢えず、話は聞いてみた。 「気持ちだけ受け取っておくよ。心配してくれてありがとう」  シオは極上の笑顔を添えて、ファーでの治療を断った。 「じゃあ、こうしようよ」  気弱そうな雰囲気を持つくせに、金狼ミルーシェはしつこいというか諦めが悪い。  シオに携帯端末を出させて、それをあろうことかヤンの掌に握らせた。  続いて工房の木窓を開ける。  夜空を仰ぎ、大きな鞄から取り出した真新しい携帯端末を操作している。  ピロロロロ。  ヤンの掌から電子音が鳴った。  ぽかんと口を開けていたヤンは、驚きのあまり携帯端末を取り落としそうになった。 「な、何だぁこれ」  慌てて握り直している。 「落ち着いて、ヤン。ここを押したら、携帯端末を少し離して真正面から見るんだ」  ヤンが指示に従うと、ミルは自分の携帯端末に「もしもし」と吹き込んだ。 「小さい箱の中でもミルちゃんがしゃべってる!」  面白いくらい、ヤンの声がひっくり返る。  初めてファーの超科学に触れた頃のシオも、似たような反応だったろう。 「音声だけの場合は携帯端末を耳に当てるんだよ。小声で会話できるから」 「ふうん?」  携帯端末での通信を、ミルは至近距離に立つヤンと続ける。 「僕、前から思ってたんだけど、ヤンって身長も体格もシオにそっくりだよね」 「お袋にも言われたことあるぜ。後ろ姿が特に似てるって」  次にミルは、通信終了の方法をヤンに教えた。  シオはミルの開けた木窓に近づき、その眺めていた方角を見上げた。  人工衛星の赤い強烈な光が、空で点滅している。 「シオが留守の間、ヤンがシオに成り代わるんだ。ロイ隊長にわけを話して協力してもらおうよ。  人目を避けて、どうしてもシオの助けが必要なら携帯端末で連絡を取ればいい」  ミルはヤンに面と向かって説明し、それからシオに目で了解を求めてきた。
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