W-WOLF 第三十八話 宮廷恋歌

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「ちょっと、やめてよサラ」 「そうだ。シオさんを侮辱すんじゃねぇ」  娘みたいに小柄なミルと細くて高いヤンの背中が、シオの視界からサラの姿を消してしまった。  大きさも形も違うが、二つの背中の壁は分厚くて暖かい。  不思議と拳の震えが引いていく。  だけど冷静に判断する限り、サラの主張は何も間違ったところがないのだった。 「サラちゃんは正しい」  二つの背中の真ん中に割って入り、シオは不服そうなサラの正面に立った。  その言い分を認めると、サラのつり上がったまぶたがぴくりと反応した。 「事実、俺は数多(あまた)の人間を利用し、彼らの人生を奪ってきた。  そのくせ、自分の大切な人達は絶対に護りたいし、全面戦争で帝都が焼かれるのはまっぴらごめんだと思っている。  自分勝手は認めるよ」  心を決めるきっかけをくれたヤンを目の端で確認しながら、シオはサラに向かってにっこりしてみせた。  いつもなら、ここで張り手か罵声が飛んでくる。  しかし目前のサラは表情を和らげ、意外にも穏やかにシオを見上げてきただけだった。 「それを聞いたら安心して協力できるわ。とっとと病気を治すのよ、シオ」 「ありがとうサラちゃん。ヤンを頼むよ。大事な幼なじみなんだ」  サラの手をきゅうと両手で握り締めて、感激の意を示す。  ……と。 「きゃああっ」  過剰反応したサラの回し蹴りが、やっぱりシオにぶっ飛んできた。 「ちょっ、待ちなよ。手を少し強く握っただけじゃないか」 「どこに強く握る必要があるのよっ」  ひょいと躱した直後、複雑そうに目で訴えてくるミルと視線が合う。  サラを襲った前科があるだけに、シオがサラに手出ししないかヤキモキしているのだろう。 「心配性だなぁ」  シオはミルの頭を掌でくしゃっと掻き混ぜながら、サラの拳を軽く流した。 「観念なさい!」  そこでサラの膝がシオの腹に埋まりかけた。 「うわっ。勘弁してくれよ」  間一髪で身を捻る。 「またシオさんの悪い癖が出たぜ」  ヤンはさっきのように助けてくれる気配もなく、肩で笑っているだけだった。 ーーーーーーーーーーーーーーー
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