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【一】
僕は、ここ一年ほど旅をしている。
丈夫な生地の服を着て外套を羽織り、背にナップサックを背負って、ひたすら地面の上を這いずり回っている。
今もまた、ヤマ山脈の麓に広がる深い樹海の一本道をのろのろ歩いているところだ。
道を外れれば、まともな場所に出られる保証はない。
雑木が天井を覆い、暗くて風が通っている割に汗が噴き出てくる。
湿気が多いせいだろう。
僕だって、好きでこんな風に旅を続けているわけじゃない。
いい加減一箇所に落ち着きたいけど、ママタ帝国から密命を受けている身ではそうもいかないのだ。
何度行方をくらまそうと思ったことか。
だけど、たった今、緑の天井を突き破って手前の梢に降り立ったこの茶褐色の鳩のせいで、僕は密命から逃げ出すことができないでいる。
嫌なことに、この鳩は僕がどこにいても見つけ出すのだった。
事実、広大な樹海を一人歩く僕の前に、こいつはやってきた。
「クルックック」
鳩は翼を持ち上げ、僕を馬鹿にしたような目で梢から見下ろした。
双翼と足が棒のように長く伸び、頭と胴体が奇妙に歪み膨らんだのは、その直後のことだ。
伸びた四肢の先端は五本に分かれ、茶褐色の羽根が皮膚に消えて肌が露になる。
胴体の筋肉は隆盛し、貧相な人間の体を示した。
膨らんだ頭のくちばしは引っ込み、目は内側に寄り、顔の中心に人の鼻とおぼしき突起が突き出る。
後頭部には逆立った短髪が生え、木々の隙間を吹き抜ける風になびいた。
「ミルーシェちゃん。お元気?」
完全に人の姿となったそれは、梢で器用に立て膝をつき、僕に向かってにっこり手を振った。
もちろん全身素っ裸で、イチモツがちらり。
見上げるこっちが恥ずかしくなって直視できない。
「今、気分が悪くなったよ」
「どおゆう意味かしら? それ」
短気な伝令鳩は、げっそり削げた頬を引きつらせた。
目玉と頬骨が突き出て、鳩の顔に似ていないこともない。
こいつこそが、僕を密命に縛りつけている張本人…鳩のエター、ポォという二十代後半の男だった。
定期的に僕を見つけ出してはおかま口調で報告をせがみ、それを帝国の上層部に伝える。
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