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実に滑稽だ。
憎きその脚は天上を仰ぎ、頭上へと達する。防ぐことも抗うことも出来なかった。
伸ばした腕の先には、転がる我が得物。
5キロを超すその大剣は、魔剣でもあればよかっただろうが、なんの変哲もないただの長物であるがゆえに、所有者の想いむなしく自動的に手元に戻ることはなかった。
「実に滑稽だ。」
二度目は口に出した。
男は口の端を釣り上げて笑い、頬に当たる冷たい床の感触に感謝した。これで頭が冷える。
「八年ぶりだね。」
旧友に会えたような口ぶりで言う。脚を男の頭から離し、傍らに座った。
「勇者がここまで辿りついたのは、八年ぶりだよ。嬉しい、会いたかった。」
意外にも柔らかな物腰のそれは、勇者の来訪を歓迎すると言う。自分を滅ぼす異端の者であるのに、なんという屈辱か。冷静になりかけた頭に、湯でもかけられた気分だ。
今すぐこいつの胸倉を掴んでやりたい。体格の差は歴然だ。地を踏みしめ、力を込め、昔年の恨みを、今、この拳に。
現実とはかくも無残であり、勢いや想いだけでは届かないものもあるのだと、男は痛感した。
力そのものに覚えがない訳ではない。大袈裟な話だとしても、最奥まで辿りついたのは自分で八年目だと言っていた。
なのに届かない。力も、想いも、叫びも、何ひとつ届かない。
せめてその憎き姿だけでも目に焼き付けておきたいと、男は渾身の力を振り絞りやっとの思いで自由になった頭をあげた。
暗闇に近い紺色の長髪、対し真っ白の服色、目は金、痩躯、そして。
魔王の証である、二本の角。
温度のない笑顔を浮かべ、魔王は、男へ手を伸ばした。
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