13人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
魔王の指が男の頬に触れる。見た目よりも遥かに冷たい温度に、男は目を細めた。
「名前、」
りん、と、鈴のような声音が冷えた部屋に響いた。
「名前、教えてよ。勇者だけじゃ感慨が湧かない。」
男は目を見開く。魔族が人間に名を訪ねるなど、用途は多くない。早合点した男は、しかし観念したようにその口を開いた。
「ロード、」
低く、噛みしめるように名を紡ぐ。魔王が、嗤った気がした。
「ロード。」
屈託なく笑う魔王に、ロードは震える。
ああ、自分はもう、魔王の手で、亡き者にされてしまうのだ。無邪気な氷は、この体温を根こそぎ奪い、朽ちらせてしまうのだ。
嫌な汗が背を撫でる。気分が悪い。震えが治まらない。
差し出された指の冷たい感触だけが、ロードに理解出来る唯一の存在だった。
魔王はいつの間にか仰向けにされていたロードの上へ跨っていた。魔王の指が、頬が、脚が、身体の全てにまとわりつく。
冷え切った体温がロードの意に反し容赦なく熱を求め、魔王に心地よさを求める。
冷えたと思っていたのは自分だけのようで、魔王の体温というのも存在していた。
ロードの中にあるのは恐怖。剛神と恐れられた現役軍人のロードも、人外ならざる魔王の前では赤子同然と言っても過言ではなかった。
魔王はと言えば猫のように丸まり、ロードの上から動かない。いっそこのまま一突きしてくれれば、そのまま逝けるのに。そんな物騒なことを考えてしまった。
「魔王、貴様なにが目当てだ。」
痺れを切らしたロードは、動く気配のない腹の上の魔王へ問う。
顎下で魔王が身動ぎした。
「やるならやれ、」
「やるってなにを。」
この期に及んでまだ白を切るつもりか。怒鳴りたいがその気力はない。精一杯の気迫で答えた。
「殺すのはひと思いにしろと言っている。」
八年ぶりの勇者の願いだ、それくらい叶えてくれてもいいじゃないか。ロードは目を伏せ魔王の言葉を待つ。
鈴の声音の返事は、勇者たるロードに二度目の絶望を与えた。
「どうして殺すの。勿体ないじゃない。」
死刑宣告の方が、幾分かマシだ。ロードは頭を抱えた。
最初のコメントを投稿しよう!