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蒲柳の質、という言葉がある。
アイツときたら、まさにそれだ。
小さいときから好き嫌いばかりしていて、ろくに飯を食わない。ぽきりと折れてしまいそうに細くて、次から次へと病の流行を追っている。そのくせ、寒い時期でも平気な顔で、薄っぺらい着物に身を包み、ヘタすりゃ懐に雪なんか入れていたりするのだ。
「冷たかろう。よせ、そんなことするのは」
僕が顔をしかめると、何がおかしいのか、桃色の花びらがほどけるような声で、ふふふ、と笑いやがる。
悔しいけれどその顔が、可愛らしいったらない。
「市松、市松。何を考えているの、そんな顔をして」
母さんの声が、目蓋の向こうから呼んでいる。
僕はまた、うとうとしながらにやけてしまっていたらしい。
母さんは根っからのまじめ人間で、考えごとに耽ったり、空想によって表情を変えたりするのを心底いやがる。僕が実際に下品なことを考えているときも、誓ってそうではないときも、見つけたら即、叱りつけてくる。
「いやらしいことを想うんじゃありません」
残念ながら、僕が今考えていたのは、いやらしいことなんかではない。鳴世(なきよ)という、三つ年下の少女のことだ。僕と彼女は幼馴染だが、鳴世はガキのころから、他の子どもとはどこか違っていた。
ぱっちりと大きな瞳は、上向きの睫毛をずらりと従えていて、真っ赤で瑞々しい口唇は冬でも荒れることはない。病弱なくせに、冬の寒い日は人一倍元気に遊びまわっていた。
頬を炎の色にして、白い息を生み出しながら、
「いっちゃん! ほら、あたし、雪にまみれちゃうよ!」
と、誰よりも楽しそうにはしゃいでいた。
「鳴世ちゃん、元気だなぁ。こないだまで寝込んでたのに」
ガキ大将もわんぱく坊主も、呆れた顔で見守っていた。
「鳴世」
呼びながら、ヘンな名前だなとときどき思う。
「夜泣きが激しかったんと違うかい」
父さんはそう言って笑っていたっけ。
「名前の由来?」
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