最大賢者

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 航行は恐ろしく静かだった。敵が現れないのもそうだが、ナタとギータが敵の手にかかったことが船団に大人しくしてしまう。緊張は高まっているが、モーダーの二人が消えたことの不安は広がる。将校たちは船室で兵法書を読み、ときには一人黙々と鍛錬する。  ナタとギータを失ったとはいえ、世界の半分は取り返している。どこかでモーダーの賢者がいれば、悪魔皇帝を倒すことは可能だと皆思っていた。だが、モーダーの賢者も命尽きる人間だということをまじまじと突き付けられた。  喚いたりはできないと感じているのは、皆同じ。兄弟を失ったモタが平静を装っているのだから、誰にも文句は言えない。  皆が気を遣う中、リザだけはモタに話しかける。 「チーヌはおそらく陸路を選ぶ。海路を進むのは僕らだけだ。トロンも陸路を進んでいるし。どこを合流地点にするか、それが重要なんだ」 「それぞれの進行速度の概算を練るんだ。なるべくなら悪魔皇帝の居城に同時期に集まるのがベストだ。これからは戦闘らしい戦闘は少ないだろう。同盟の名はもう知れ渡っているからな」  モタは座禅を組んだままリザの問いに答える。その心中は悲しみで溢れているとしても、その頭脳は恐ろしいほど冴え渡っている。更にその心の奥でスミスに対してどう向かい合うかを自問自答している。スミスは悪魔皇帝に心酔している訳ではない。だが、ナタとギータの仇だ。どうすれば良いか? 一対一で向かい合ったとしてもモタが間違いなく勝つだろう。ギータとて、策を弄されなかったらスミスを圧倒したはずだ。子供たちを殺させまいとして首を差し出した。  モタの手が強く握られて甲に血管が浮く。 「チーヌの進行速度は大体予測できるよ。問題はトロンのほうだ。速すぎる」  リザはモタの手の甲に気づいていたが気付かないふりをして話を進める。それはリザなりの気の遣い方。モタに救ってもらった恩返しとばりに、モタに余計なことを考えさせないようにする。逆境を奮い立たせて同盟軍の総帥となった今、できることはそのくらいだと自負して。
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