壱 白龍堂

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 御堂の黒闇を、朧な灯が照らした。煤竹の灯篭を透過した温かい灯。だが、魔を祓うと謂う六つ目の聖灯も、這の御堂の中では闇に呑まれつゝ有るたゞの灯にしかならない。果たせる哉、灯は静かに闇に呑まれた。黒闇と静寂が御堂を満たす。あゝ、それほどに這の御堂に燻り蠢く闇は深いのか。再び灯を灯し始めた雪乃家の刀自を自らの瞳の中に見つけ乍ら、思った。もしも、御堂の事をまだ識らぬ、小さな童が、是を見たならば。きっと瞳を見開き、声にならぬ声を上げ、震えよう。そうして漸く思い出すのだ。這の白妃村に語られる白龍に奉ずられた人間の寓話を。霞の如く漂う古の白龍の呪に触れ、意識を喪うかもしれない。白龍の瞳に見入られ贄にされるかもしれない。もっとも、這のお堂を、白龍を奉りたまう雪乃の白龍堂をわざわざ窺う童は這の白姫村には罔いと思うのだが。  亦灯篭に灯が灯り、黒闇が束の間祓われる。直ぐにも途切れてしまいそうな灯の景に重なった黒い叢に瞳を遣った。雪の如く白い裳束に飾られた尸の叢。古木のように朽ち、遥か古に時間を閉ざされた生罔き尸の叢。それは白龍に奉ずられた人間の果てなのだ。白龍。白姫村の豪族雪乃家の偉大な祖霊なのだと龍間の所蔵する古文書は語り、白櫛山に棲まう龍の妖なのだと雪乃の刀自は謂う。  偉大な龍妖、白龍。  龍間は謂う。曽て白龍は龍の国の姫だった。或時に姫は高貴な血を持つ青年と遭い、青年を慕うようになる。姫は青年に龍の国の力を贈与えた。龍の力を贈与えられた青年は王となり、国を造った。そうして姫は青年との間に亦王となる子を生む。しかし姫は龍の国の稀人。曽て青年だった王の国の人間に疎まれ、追われる事となる。無辜なる姫が辿り着いたのは白櫛山と謂う霊山だった。姫は龍の国の力を用い、御山の麓に有る寂れた村に恵みを贈与え、その村に棲まう一人の青年を亦慕うようなる。その青年許曾が雪乃の祖。尸となった姫は白の龍と昇華し、雪乃と雪乃の棲まう村を御山から御覧になっている。そして村に厄を贈与える人間が現れた時、その人間の『時間』を啜り、冥土の国へと誘う。斯くして悪人は朽ちた尸となり、白龍は亦静かに睡った。這の村は白姫村。白の龍となった偉大な姫を奉る村なのだ、と。  開いたまゝの御堂の入口から見える風景の中心に有るのは、あの白櫛山だった。追われた龍の国の姫が辿り着き、白龍となった姫が睡った御山、そして一一  
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