壱 白龍堂

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 雪乃は謂う。曽て白龍は白櫛山に棲む龍の妖だった。十年に一人、女を犠に捧げねば、麓の村に厄を贈与えた。或時、或女が犠に撰ばれた。雪の如く白き女だった。女は龍に謂う。這のしゝを捧げましょう、村に恵みを贈与えたまえ。龍は首肯くと女の『時間』を啜った。龍の黒く朽ちた鱗が青白い鱗へと生替わった。村には大いなる恵みが贈与えられた。女は龍を御した姫と呼ばれ、女の一族は村の要となる。そして龍に時間を啜られた女の一族に一人の童が生まれた時、白櫛山の龍は謂った。その童は吾と女の子だ、と。その血を持つ人間に恵みを贈与え、厄を贈与えようとする人間を呑む、と。龍との間に生まれた血、だから龍間。龍は未だに人間を呑むのだ、龍間の血に逆らう人間を。這の村は白姫村。龍に呑まれ恵みを請うた白き姫を奉る村だ、と。  一一龍間に血と恵みを贈与えた龍妖の棲まう山。  灯篭の灯が揺れ、風の声がした。生温い風が御山の、重く重なった黒闇と霞がかったしゞまの中に彳む白櫛山の方向から漂いつゝ有った。それがどうにも白串山に棲まうと謂う白龍の嘴から噴き出した嘆息のように思え、さゞめく風の声がどうしようなく血と犠をその顎門へと誘うための妖霊の囁きに聞こえ、いや、白櫛山と謂う山許曾が蜷局を巻いた旧き龍妖の如くに見えた。 「白櫛霊山には昔からな、妖が棲みよる。白姫と謂われる女妖じゃ。あれはな、稀人に憑く」  鞍巳村の談。白龍、白姫。龍の姫がなった白龍と白き姫を啜った黒龍。黒龍は白に染まった。稀人に憑く妖。かの黒龍が如く白に染まったなずきの中を迂遠思考が巳の如くに搦まり、確かな象を造始める。意識が空になり、空白になった空間を埋めようと黒い触手が躍った。更の槽を満たしたのは、朧げな血族の残照。その骨子に有ったのは朽ちた龍を模した、霊びな白黒の崇拝御杖。  雪乃と龍間、白と黒の龍の血。雪乃と龍間の異なった古事。雪と煤が重なり、這の中を廻る血と識が、未識らぬ事を告げようと囁く。預言めいた空言、造言じみた真。零と一の狭間には見えぬ巨大な壁が有る。零と一の源が同一だから。だから壁が有る、そう、二つが媾らないように。そうして二つの景が黒闇に泛かぶ。 「もう時間か」  雪乃の刀自の声が御堂に響いた。
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