結婚なんてやだぁっ!

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 弐凡國ノ姫君ト生マレシ者ハ須ラク、國家ノ繁栄ノ助トナル婚姻ヲシ、世継ギヲ生ミ育テル義務ヲ負フモノトス。此レヲ果タスコトナキ者ニオイテハ、王位剥奪・流刑・禁錮ノ刑ヲ適用シ、場合ニヨッテハ反逆罪ニテ斬首ヲ課ス。                                参榮拾年弐月六日  墨の字で書かれたしかつめらしい文書に目を落とし、安寿は何やら憂鬱そうだ。細い眉は歪み口唇は一文字に結ばれて、切腹を言い渡された罪人のように青ざめている。明日には幸福な花嫁になる娘の顔にはとても見えない。外は快晴なのに、その頭上にはどんよりと、彼女自身が作り出したらしい暗雲が垂れこめている。 「姫、どうかしたの? 浮かない顔してるけど」  同じ部屋にいた金髪の美女が、陽気な印象の瞳で不思議そうに見て尋ねる。外国製の黒い軍服の胸元は、布が破けそうなほどに盛り上がり、出るとこは出て引っ込むとこは凹んだ、ナイスバディを際立たせている。ブロンドのショートヘアにスカイブルーの瞳、真っ白な肌の彼女は、姫君の嫁ぎ先である大国・ユグノイドの生まれだ。代々、ユグノイドから弐凡へ派遣されている軍人の家系の娘で、国防政策と王家の側仕えの要を担っている。  フランクな性格ゆえに、姫君にも砕けた言葉で話しかけているが、咎める者はいない。この国において、ユグノイドの軍人の身分は政府の高官より上に位置しているし、何より、彼女の祖国には、弐凡のようにものものしくややこしい敬語は存在しないのだから。 「べつに……何でもないよ」  姫は、自分の胸の底に横たわる不安を口に出さず、広げていた『弐凡國法典』をぱたんと閉じた。  顔を見たこともない異国の王子も、眼の前の彼女と同じような色の髪と目をしているのだろうか。 「ねぇ、リオン・ゼット。夕食の時間までちょっと、散歩してきてもいいかな」  見納め、というわけではないが、もう自分の意志で好きなときに足を運ぶことはできなくなる庭や城内のあちこちを、しっかりと目に焼きつけておきたい。 「もちろんよ、行ってらっしゃい」  姫の感傷には気づかないらしいリオンは、にっこりして送り出してくれた。  ちなみに彼女の正式な名はリオネード・ジギナツキィー、だが誰もが「リオン・ゼット」と短縮して呼んでいる。
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