結婚なんてやだぁっ!

3/16
前へ
/73ページ
次へ
 夕方の庭は、時折カタンと池へ水を注ぐししおどしの音以外何も聞こえず、ひたひたと寄ってくる宵闇に包み込まれるのを待っているようだった。 (明日になったらあたし、花嫁さんになっちゃうんだなぁ)  そのことがなぜこんなにも胸を締めつけるのか、姫自身にも分からない。  安寿はしゃがみこんで、池に映る自分の姿を見た。数え年で十七になったばかりの自分が、小さな女の子のように頼りなく見える。もともと人より華奢で小柄なせいもあるが、不安に押し潰されそうになっている心が、余計にその印象を強めるのだろう。今日の自分の姿を瞳の奥にとどめようとするように、彼女は池を覗き込んだ。  弐凡中の誰もが褒めたたえる、美しい少女がそこにいる。国の成立以来、王家の者に受け継がれてきた、闇色の髪と同じ色の瞳。滑らかな肌に小さな手足、異国文化を上手に取り入れながらも伝統を守ってきた国の、可憐で粋な装い。弐凡国の姫の普段着は、国民に「ゴスロリ着物」と呼ばれているドレス風の和服である。安寿が今日着ているのは、黒地に赤い蝶が舞っている柄のもので、帯は濃紺、膝の上でひらひらと裾が波打ち、濃紺の帯が腰の辺りで稚児結びにされている。足元は、リオンに送られたユグノイド製の黒いブーツだ。  髪は通常、長く伸ばして結い上げるものとされているが、プツリと短く切ってしまった姫は、肩につくかつかないかのショートヘアで過ごしている。明日の婚礼ではおそらく、付け毛をしてでも結われるだろうが、公務のとき以外はわりと自由なのである。
/73ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5人が本棚に入れています
本棚に追加