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彼の背中を、ずっと見つめていた
今、自分が歩いているという感覚が、全くしてこなかった
ただただ、目の前の男の人にすべての意識が持っていかれている感じがした
このときの、感覚は、なぜかいまだに克明に覚えている。散った桜の花びらを踏みしめながら、春の心地よい風に吹かれながら
その風に乗って運ばれてくる、彼の匂いが鼻孔をくすぐったときの、あの心地よい感触
不思議な感覚だった
あせっていることには変わりはない。それなのに
今、目の前にいる男の人に、意識の先が向いているということに
「大丈夫だよ」
「え?」
ふと、私に背中を向けながら歩く、その男の人はつぶやいた
「もうすぐ着くし、それに、入学式までまだちょっと時間あるから」
それは、不安そうな表情をしている私を安心させようとかけた言葉だったのだろう
きっと、優しい彼が何気なくかけた、そんな言葉
どうしてなのだろう
それは、彼の雰囲気がそうさせているのだろうか
それとも、さっきまで激しく鼓動していた、あのいやな胸の高鳴りが、そう錯覚させているのだろうか
私は、彼の何気ないこの一言に
胸が、とくんと、小さく高鳴ったのを感じた
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