第八章・不幸な男と真実

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  一歩、また一歩と、青年――加田 純一は地面を踏み締めて歩み行く。振り返ることもなく、澄んだ眼差しをただ前方へと向けて進むその姿は、何処か頼もしくも見えた。 その背に、刑事からの憐れみの視線を受けていることなど、彼は知る由も無い。しかし、例えそれを知っていたとしても、彼は胸を張って歩み続けるだろう。 憐れまれる謂れは無い。 彼は確かに、ただ、巻き込まれただけだった。犯人に利用されただけだった。 だが、彼は自らその道を選んだのだ。例え何者かの思惑によって誘導されていたとしても、その都度自分のすべきことを考え、常に自らの意思で決定し、行動していた。 だからこそ、今、彼の胸に後悔の念は微塵も無い。 純一は、親友が胸の内に秘めた深い悲しみに気付かなかった。そのおぞましくも遠大なる計画を、見抜くことはできなかった。しかし、最後に犯人を――仲野 竜也を止めたのは、他でもない彼だったのだ。 勿論、それは彼だけの力ではない。失った親友の遺したヒント。警察の協力。純一の親友であるが故の、犯人の油断。 まさに奇跡とも呼ぶべき幾つもの偶然が彼に味方し、それが犯人の逮捕に繋がった。 トラブルに巻き込まれやすい体質だからこそ、ただ運命に翻弄されるのみでは終われない。そんな純一の強い意思がそれらの奇跡を呼び込み、『誰にも解けぬ謎』であった真犯人の正体を解き明かしたことで、あと一歩のところで、その周到なる計画を頓挫させたのだ。 多くの犠牲を出すこととなった連続殺人事件に巻き込まれ、それでも、最後に犯人を含んだ幾つもの命を救えたことが今、純一の自信となっていた。 頼れる親友は、もういない。しかし、親友に頼り切っていた彼も、もういない。 彼はこれからも、強い意思を持って歩き続けることだろう。最期まで、己が意思に従って生きた、二人の親友の分まで……。  完  
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