苦悶のキヲク

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  彼女と僕は、家庭教師とその生徒。 それだけの間柄だった。 同級生は羨ましがったけど、年上の先生に恋愛感情が湧く気配なんかなかった。 「広瀬くんって、可愛いTシャツいっぱい持ってるね」 「…そうですか?」 「うん。先週のも可愛かった」 「可愛い」が男にも普通に使える時代になったのは、良いと言えることだろうか。 「じゃあ、今日はここまでにしようか。次までにこのプリントやっといてね」 「わかりました」 先生はリビングにいる母親に声をかけるといつものスニーカーを履いた。 僕もサンダルを履いて門の所まで見送るのがいつもの流れだ。 「この調子のまま受験迎えられたらバッチリなんだけど」 「はあ」 「一つランク上げても大丈夫だと思うよ。考えといてね」 「…はあ」 僕の気のない返事に眉をひそめたけど、すぐいつもの笑顔になった。 「ま、ゆっくり考えればいっか。じゃあねー」 そう言うと玄関先に停めてあった自転車に跨がり、薄暗い夏の夜道を駅方面へと漕いでいった。  
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