消失の美学

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   しばらく黙って撫でられていた少女は僕の顔を見上げて、今思いついたように口を開く。 「……猫に逃げられて私は寂しいです」  知ってます。 「なので兎くんを撫でさせてください」  知らないよ。  少女の頭から手を離し、再び歩き出す。いつの間にか立ち止まっていたらしい。  少女は僕に抗議の目を向けているが、気にしない。  少女について僕が知っていることはほとんど無い。ウサギを思わせる容姿も、欠落した右腕の理由も、そもそも少女が本当に存在しているかどうかさえ、僕は分からない。  だけど、少女が寂しそうな顔をしたとき、僕自身も寂しくなったことを、僕は知っている。だから、少女を撫でてしまったのだろうか。 「……少しくらいなら」 「ん?」 「少しくらいなら、撫でてもいいよ、烏」  烏とは、少女のこと。名前が無いと話した彼女に、皮肉屋の僕が与えた名前だ。 「……うん!」  烏は嬉しそうに頷き、見たものを幸せにするような笑みを、僕にくれた。  
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