奴は来た。

8/17
前へ
/17ページ
次へ
「いやでも、助けてくれたし。」 「あんた嫌いなの。死ねばいいと思ってる。」 「・・・いてっ!」 乱暴に床へ投げ出されると、瑛利餡・・・もといアンはこっちを見ようともしなかった。 「なぁ、日本刀だよな?さっきの。なんで斬れなかったんだ!?」 なんで助けてくれたのかはこの際訊かない。どうせ”自惚れんな”の一点張りだろうから。それよりも気になることはたくさんある。桜吹雪の目くらましも、煙のように現れるその術も、だ。訊いておかなければこの先の人生をほんの少しだが、損をするような気がして嫌だった。だが、そんなこっちの気も知らず、アンはいきなり吹き出した。 「訊いてどうするわけ?」 腹と口を抑え一通り笑ったあと、そう訊いてきた。そんなに笑わなくてもいいじゃないか。気になるんだぞ、俺だって。 「その・・・後学のために、ちょこっと。」 「教えない。自分で調べれば?」 小馬鹿にしたようにそう言うとアンは鉄パイプを放り投げて、おもむろに歩き出した。 「バッカじゃないの。」 「どこ行くんだよ、おい!」 扉の前まで来ると彼女は不意に止まった。だけれども、俺には一瞥もくれない。”お前なんてどうでもいい”そんな風に言われているような気がして少々カンに障る。 「襲われる限りは守ってやる。ただ―」 アンは一体どこを見ているんだろう。遠くを、どこかすごく遠い場所を眺めているような一直線の視線。転校生挨拶の時からずっと気になっていて、だけど訊けそうにはないかな。 「それだけだ。」 音もなく扉は開き、俺を助けてくれた女戦士は影も形もなく鮮やかに消えた。 「襲われれば助ける・・・か」 残ったのは隅で転がる鉄パイプと夜の暗闇に俺。夕焼けはいつの間にか顔を引っ込めてしまっていた。長い長い夜の始まりである。俺はその日眠れそうになかった。
/17ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加