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「いやでも、助けてくれたし。」
「あんた嫌いなの。死ねばいいと思ってる。」
「・・・いてっ!」
乱暴に床へ投げ出されると、瑛利餡・・・もといアンはこっちを見ようともしなかった。
「なぁ、日本刀だよな?さっきの。なんで斬れなかったんだ!?」
なんで助けてくれたのかはこの際訊かない。どうせ”自惚れんな”の一点張りだろうから。それよりも気になることはたくさんある。桜吹雪の目くらましも、煙のように現れるその術も、だ。訊いておかなければこの先の人生をほんの少しだが、損をするような気がして嫌だった。だが、そんなこっちの気も知らず、アンはいきなり吹き出した。
「訊いてどうするわけ?」
腹と口を抑え一通り笑ったあと、そう訊いてきた。そんなに笑わなくてもいいじゃないか。気になるんだぞ、俺だって。
「その・・・後学のために、ちょこっと。」
「教えない。自分で調べれば?」
小馬鹿にしたようにそう言うとアンは鉄パイプを放り投げて、おもむろに歩き出した。
「バッカじゃないの。」
「どこ行くんだよ、おい!」
扉の前まで来ると彼女は不意に止まった。だけれども、俺には一瞥もくれない。”お前なんてどうでもいい”そんな風に言われているような気がして少々カンに障る。
「襲われる限りは守ってやる。ただ―」
アンは一体どこを見ているんだろう。遠くを、どこかすごく遠い場所を眺めているような一直線の視線。転校生挨拶の時からずっと気になっていて、だけど訊けそうにはないかな。
「それだけだ。」
音もなく扉は開き、俺を助けてくれた女戦士は影も形もなく鮮やかに消えた。
「襲われれば助ける・・・か」
残ったのは隅で転がる鉄パイプと夜の暗闇に俺。夕焼けはいつの間にか顔を引っ込めてしまっていた。長い長い夜の始まりである。俺はその日眠れそうになかった。
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