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そう思ってくるりと方向を変えた所で、坂井さんにガシッと腕を掴まれた。
「…っひゃっ!!」
思わず怯えた声を出した私をグイッと引き寄せると、私の耳に坂井さんが唇を近づけて、小さな声でささやいた。
「…コレが何か分かりますか?」
坂井さんが自分の掌を私の目の前に持ってきて、そっと広げた。
そこにはカミソリの刃。
まだキャップはしたままだったけど、彼の親指はいつでもそのキャップを外す準備ができていた。
一瞬で鳥肌が立った。
無意識に私の喉が、大声を上げようと空気を吸い込んだ。
坂井さんは頭がよかった。
瞬時に私が声を上げそうになるのを察知して、大きな声で話し始めた。
「華恋!!やり直そう!!…浮気して悪かった!!もう二度としないから!!」
そうして私の身体をくるりと回転させて、私を強く抱きしめた。
もちろん私の喉元にカミソリを当てながら。
私の身体は石像のように固くなった。
身動き一つできない身体とは裏腹に、心拍数が跳ね上がって呼吸が浅くなる。
この状況は通りの人達から見れば、どう見たってよくある痴話ゲンカだろう。
私のこの切羽詰まった心境なんて、誰も微塵も気づいてくれない。
通りの人達はチラリとこちらを一瞥するくらいで、別段気にかける様子もなく、それぞれの目的に向かって歩いていく。
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