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「え? 明日行っちゃうの?」
夕飯時の活気付いた定食屋兼居酒屋のぽんぽん亭で、ピンクのエプロンを身に着けたミシェルが素っ頓狂な声を上げた。
彼女は片手に盆を持ちながら、カウンター席に腰掛けているジルをびっくりした表情で見つめた。
「うん。突然なんだけど、そうする事にしたの」
ジルは苦笑を浮かべながらそう答えた。
彼女の意識は目前のミシェルではなく、周囲で食事を楽しんでいる者への気遣いに向いているようだ。
ミシェルの声が大きいせいで、ジルはいつもここへ来れば同じ思いをすることになるのだ。
周囲が迷惑そうに睨んでやいないか、自然と目だけで辺りの様子を窺う。
今日はまだ誰も嫌気がさしていないようだった。
それを確認するとジルはひそかに胸を撫で下ろし、風呂を上がったばかりでまだ乾ききっていない赤がかった茶色の髪を無意識に掻き揚げた。
緩くウェーブのかかった髪は、ほのかなシャンプーの香りを漂わせながら、ジルの肩で滑らかに揺れた。
旅中は丈夫な武闘着を身に着けているが、今はラフなカットソーにミニスカート、修行用のスパッツを身に着けていた。
そう、今は旅中ではない。
一時の休息の時間。
彼女の旅は明日から始まるのだ。
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