プロローグ

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口答えする背の高い男を、小太りの男が一喝した。どうやら小太りの男は作家で、背の高い方は編集者であるらしい。 「俺はな、サトウキビ畑で、ハブに噛まれるところだったんだぞ」 カッとしたように叫び声を上げたフトッチョの作家は、そのまま桟橋の先端まで走ってゆくと、抱えていたノートパソコンを海に向かって力一杯投げ込んだ。 「な、な、なんということを……」 しぶきを立てて波間に没するパソコンを、目で追う編集者の白い顔が、みるみる蒼ざめていった。 メタリックシルバーの薄いボディーの横に開いた、接続端子の穴から、ポコポコと細かいアブクを吐き出しながら、海中深く沈んでゆくパソコンを、追いかけるように子供の影がよぎった。 凄いスピードで海底めがけ潜ってゆくその人影は、頭でっかちの三頭身で、子供というよりも、乳幼児の体型に近かった。もちろん、このような深い海の底を、赤ん坊が泳げるはずはなく、その正体は、グレイに似た異生物(クリーチャー)であった。 巨大な鏡餅を思わせる扁平な頭の下に、ガラス球のようなアーモンド形の目が覗いており、鼻梁と顎のない顔の下側を、蛙のようにへの字をした口が横切っていた。 彼は、その大きく発達した頭部とは対照的な、貧弱な体から突き出した、水掻きのついた細長い手足を器用に動かして、色とりどりの熱帯魚の群れの中をかいくぐりながら、水中でパソコンをキャッチすると、そのまま海底に広がる、極彩色の珊瑚礁に下り立った。 と、それを待っていたように、中央に位置するオレンジ色のテーブル珊瑚の陰から、彼の仲間がヒョッコリと顔を出した。二体のクリーチゃーは、彼らにしか分からない言葉でなにやら話しながら、丹念にパソコンを点検していたが、やがて小さく頷き合うと、その高性能の機器を抱え、岩礁の裏側に隠れるように開いている、洞窟の中へと消えていった。
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