ACT・Ⅰ 2009 ホノルル

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クリーム色の壁に設置された、褐色の煉瓦を積み上げた荘厳な暖炉を見るたびに、この屋敷の建築家は冗談のつもりで造ったのか、それとも本気だったのか、ダニエル・ダグラスはいつも考えてしまう。子供の頃から疑問に思っていたのに、この歳になるまでついぞ母親に尋ねたことがなかったのが、自分でも不思議だった。その彼の母親であるグレイン・ダグラスに会うのも、じつに半年振りであった。 自分の生家でもある、ホノルルの一等地に建つ広大な屋敷で、年老いたメイドに迎え入れられた彼は、古めかしいリビングのソファーに、大柄な体を縮めるように座り、もうすぐ現われるはずの母親を緊張した面持ちで待っていた。 なにせ、ハワイでも屈指の大資産家ダグラス財閥の理事であり、早逝した父の跡を継いで彼が社長を務めている、ニューヨークに本社を置くホテルチェーン会社の筆頭株主でもあったからである。 リビングのドアの向こうに人の気配を感じたダニエルは、ヴィンテージのアロハシャツのポケットからシルバーのコームを取り出すと、オープンカーの風で乱れた髪を慌ててとかした。 その縮れた黒髪と恵まれた体躯は父親譲りであり、切れ長の瞼と黒い瞳を母親から譲り受けた彼は、どこから見ても典型なハワイアンに見えた。彼の父親も純粋なハワイアンであったが、母親の方は、ハワイアンにしては華奢な体つきと東洋的な顔立ちをしており、日系移民の血を引いているという話であった。 その母親が、小さな木箱を大事そうに抱えてリビングに入って来た。白髪一本見当たらない黒髪を艶やかに光らせ、鶴のように胸を張って、かくしゃくとした足取りで歩く彼女は、どう見ても七十代には見えなかった。 グレイは木箱を樫の一枚板のテーブルに置くと、銀縁の眼鏡の奥から鋭い視線を我が子に浴びせた。 「休みなのに、わざわざ出て来てもらってすまないねえ」
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